B
「あなたは自分で自分に話をしてるんですか。そんなら私にも聞かしてください。」
彼女は彼があまりに好奇《ものずき》だと言った。そしてただ、自分がその話の女主人公ではないということだけを打ち明けた。
彼はそれに驚いた。
「自分でみずからいろんな話をするくらいなら、美化した自分自身の話をして、現実以上の幸福な生活をしてるように夢想するほうが、より自然のことのように思えますが。」
「私にはそんなことはできません。」と彼女は言った。「そんなことをしたら絶望に沈むかもしれません。」
彼女は人に隠してる自分の魂を多少うち明けたので、また顔を赤めた。そして言った。
「それに、庭にいて風にさっと吹かれますと、ほんとにいい心地になります。庭は私には生きてるもののように思われます。そして風が荒くて遠くから吹いて来ますときには、いろんなことを私に語ってくれます。」
クリストフは、彼女が控え目な口をきいてるにもかかわらず、彼女の快活さと活発さとの下に隠されてる、底深い憂鬱《ゆううつ》を見てとった。その活発さも彼女を欺くことはできなかったし、なんの結果をももたらしてはいなかった。彼女はなぜ自分を解放しようとはしなかったか? 活動的な有用な生活にいかにも適しているではなかったか!――しかし彼女は父の愛情を楯《たて》にとっていた。父は彼女を手離したがらなかったのである。クリストフはそれに反対して、強健で元気なその将校は彼女を必要としないこと、ああいう性質の人は一人きりで暮らし得ること、彼女を犠牲にする権利は彼にはないこと、などを言いたてたが無駄《むだ》だった。彼女は父を弁護した。父が無理に自分を引き留めておくのではなくて、自分のほうで父のもとを離れ得ないのだと、孝心深い嘘《うそ》で主張した。――そしてまたそれは、ある程度まではほんとうだった。彼女にとっては、彼女の父にとっては、また周囲の人々にとっては、万事はかくあるべきもので異なったようになるべきではないということが、永久にわたって承認されてるらしかった。彼女には結婚した兄があったが、その兄も、自分の代わりに彼女が献身的に父のめんどうをみてくれるのを、自然のことだと考えていた。そして彼自身は子供たちのことばかりに気を向けていた。彼は子供たちを嫉妬《しっと》深いほど愛していて、何事をも子供たちの自由に任せなかった。その愛情は、彼にとって
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