ス)――四方壁に囲まれてる大きな井のような方形の庭から、ほとんど外へ出なかった。それでも彼女はさして退屈してはいなかった。どうかこうか仕事を見つけて、快くあきらめていた。彼女の一身から、また、どこにいても女が知らず知らず創《つく》り出すその小さな世界から、シャルダン風の空気が発散していた。微温的な沈黙。習慣的な仕事に気を向けてる――(やや麻痺《まひ》されてる)――態度や顔つきの静穏さ。日々のきまった仕事や、馴《な》れきった生活や、同じ時間に同じようにやってくるとわかっていながらも、やはりしみじみとした落ち着いたやさしさで愛せられる、いろんな考えや身振り、などのうちに包まってる詩。正直や良心や真実や静かな仕事や静かな喜び、それでもなお詩的たるを失わないそれらの、美《うる》わしい中流人士的魂の朗らかな凡庸さ。りっぱなパンやラヴァンド化粧水や方正や温情などの香《かお》りのする、健全な優雅さ、精神的および肉体的な清潔さ。事物と人物との平和、古い家と微笑《ほほえ》める魂との平和……。
 クリストフの親切な信頼の態度はいつも人の信頼を招いていたので、彼はやがて彼女とごく親しくなった。二人はかなり自由に話をした。しまいに彼はいろんな問いをさえかけるようになり、彼女はそれに答えてはみずからびっくりしていた。彼女は他人にはだれへも言ったことのない事柄をも彼へ話していた。
「それはあなたが私を恐れていないからです。」とクリストフは説明した。「私たちは恋に陥るような危険はありません。恋に陥るにはあまりに親しすぎます。」
「ほんとにあなたはやさしい方ですわ!」と彼女は笑いながら答えた。
 彼女の健全な性質は、クリストフの性質と同じく、恋愛的な交わりを、自分の感じにいつも手管を弄《ろう》する曖昧《あいまい》な魂にとっては尊いその感情形式を、忌みきらっていた。二人はたがいに仲のいい間柄だった。
 彼女はときどき午後になると、庭のベンチにすわって、膝《ひざ》の上に仕事を置いて、それに手を触れようともしないで、幾時間もじっとしてることがあった。彼はある日またそれを見かけて、何をしてるのか尋ねてみた。彼女は顔を赤らめて、それは幾時間ものことではなく、たまにしばらくの間のことであり、十四、五分間のことであると抗弁し、「話の先をつづけてるのだ」と言った。
 ――なんの話?
 ――彼女がみずから語ってる話
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