{的な戦闘用具さえも十分になく、怖気《おじけ》ついてる世論と政府との意に反してたえず戦い、フランスの意向に構わず、フランスのために、フランス自身よりもさらに大きな帝国を征服してるのであった。力強い喜びと血潮との匂《にお》いがその戦いから立ちのぼっていた。クリストフの眼には近世の傭兵《ようへい》の面影が、勇壮な冒険者の面影が、そこから浮かび上がってきた。それは現今のフランスには思いがけないものであり、現今のフランスが容認するのを恥じてるものであり、慎み深くその上に帷《とばり》を投げかけてるものである。しかるに少佐の声は、それらの思い出を呼び起こしながら、快活に鳴り響いていた。そして彼は元気な朴訥《ぼくとつ》さをもって、また地勢についての賢明な叙述――(その叙事詩的な物語の中に変梃《へんてこ》に插入《そうにゅう》される)――をもって、広範囲にわたる追跡のことや、その無慈悲な戦いにおいて彼が猟師となったり獲物となったりした、人間の狩猟のことなどを、物語っていった。――クリストフは彼の話に耳を傾け、彼の顔をながめ、そして、そのりっぱな人間獣が無為閑散を余儀なくされ、滑稽《こっけい》な遊びのうちに衰えてゆかなければならないのを見て、同情の念を覚えた。そういう運命に彼がどうしてあきらめ得たかを怪しんだ。そして彼自身に向かってそれを尋ねてみた。少佐は初め、自分の不遇を他国人に説明したがらないらしかった。しかしフランス人というものは饒舌《じょうぜつ》であって、ことに他人を恨むときにそうである。
「現今の軍隊にはいっていたって、僕になんの仕事があるものですか。」と彼は言った。「海軍の者は文学をやってるし、陸軍のものは社会学をやっている。彼らは戦争以外のことならなんでもやっている。しかしもう戦争の準備はしていない。戦争をすまいという準備をしている。戦争哲学をやっている……。戦争哲学! 他日受ける打撃を考えてるなぐられた驢馬《ろば》どもの遊びと同じだ……。屁理屈《へりくつ》を並べたり哲理をこねたりすることは、僕の仕事じゃありません。家の中に引っ込んでカノン(追走曲――大砲)でもこしらえてるほうがましです。」
しかし彼は慎みの念から、もっとも大きな不満は口に出さなかった。上申者への告げ口によって将校らの間に起こる猜疑《さいぎ》、愚昧《ぐまい》邪悪な政治家連の横柄な命令を受ける屈辱、または
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