》にかけ、たちまちのうちにすっかり失って、またもどって来た。
その不意の旅行は、小さな町じゅうを混乱さした。彼は逃亡したのだという噂《うわさ》まであった。ジャンナン夫人は人々の興奮した不安に対向するのが容易でなかった。も少し待ってくれるようにと懇願し、夫はきっと帰ってくるに違いないと誓った。人々はそれを信じたがりながらも、ほとんど信ずることができなかった。それで彼が帰って来たのを知ると、皆ほっと胸をなでおろした。多くの者は、無駄《むだ》な心配をしたのだと思いがちだった。ジャンナン家の人たちはごく機敏だから、たとい蹉跌《さてつ》をしたにせよ、それを切りぬけてゆけるに違いないと、人々は思いがちだった。銀行家の態度もそういう印象を強めた。もはや最後の手段きり残っていないことが明らかな今となっては、彼は疲れてるようであったがしかしごく冷静だった。汽車から降りて駅前の並木道で、彼は数人の友人に出会いながら、数週間雨を得ないでいる田舎《いなか》のことや、すてきな葡萄《ぶどう》の出来ばえのことや、その日の夕刊にのってる内閣|瓦解《がかい》のことなどを、平然と話していた。
家に帰っても彼は、夫人の心痛などを気にしてないふうだった。夫人は彼のそばに駆け寄り、不在中の出来事をごっちゃに早口で話してきかした。彼女は彼の顔つきから、どういう危難か知らないがそれを彼がうまく回避し得たかどうかを、しきりに読み取ろうと努めていた。それでも高慢のために何にも尋ねはしなかった。向こうから話し出されるのを待っていた。しかし彼は彼ら二人を苦しめてる事柄については一言も言わなかった。彼女が自分の心を打ち明けて彼の内密な相談にあずかりたがってるのを、それとなく避けてしまった。暑さのことや疲労のことなどを言って、ひどく頭痛がするとこぼした。そして皆はいつものとおり食卓についた。
彼は懶《ものう》げに考え込んで、額《ひたい》に皺《しわ》を寄せながら、あまり話をしなかった。卓布の上を指先でたたいていた。皆から見守られてるのを知って無理に食べようとし、沈黙のために気遅れがしてる子供たちを、ぼんやりした遠い眼つきでながめていた。夫人は自負心を傷つけられて堅くなりながら、彼の顔を見ないでその挙動を一々うかがっていた。食事の終わるころ、彼はようやく我に返ったらしかった。アントアネットやオリヴィエと話をしようとした。
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