女を跳《は》ね躍《おど》らしながら、世に知られてる小唄《こうた》を歌った。

[#ここから3字下げ]
別嬪《べっぴん》さんよ、何が望みか、
醜男《ぶおとこ》の御亭主《ごていしゅ》さんかえ?
[#ここで字下げ終わり]

 彼女は放笑《ふきだ》して、彼の頬髯《ほおひげ》を頤《あご》の下で結《ゆわ》えながら、その反覆句で答えた。

[#ここから3字下げ]
醜男よりもかわいい男を
お上さん、どうぞ願います。
[#ここで字下げ終わり]

 彼女は自分で相手を選ぶつもりだった。自分はたいへん富裕でありあるいは富裕になるだろうということを、彼女は知っていた――(父は口癖にそれをくり返していた)――彼女は「りっぱな嫁」だった。その地方での豪家で息子《むすこ》のある人たちは、早くも彼女の機嫌《きげん》を取って、ちょっとした阿諛《あゆ》と賢い術策との白糸の網を張りながら、この美しい銀の魚を捕えようとしていた。しかしその魚は彼らにたいして、単なる四月の魚になりやすかった。なぜなら、機敏なアントアネットは彼らの策略をすっかり見抜いていたから。そして彼女はそれを面白がっていた。彼女は捕《とら》れたくはあったが、だれからでも捕れたくはなかった。その小さな頭の中で、結婚の相手をすでにきめていた。
 土地の貴族――(一地方にはたいてい貴族の家柄が一つだけあるものである。その地の昔の君主から出た家だと自称している。けれど多くは、十八世紀の監察官やナポレオン時代の軍需商人など、国家の財産を買い取った者の子孫である)――その貴族にボニヴェー家というのがあった。町から二里隔たってるその邸宅には、光ってる石盤屋根の尖塔《せんとう》がそびえ、まわりに大きな森があり、森の中には魚を放った池が散在していた。そのボニヴェー家からジャンナン家へ懇親を求めてきた。息子のボニヴェーはアントアネットへしきりに媚《こ》びてきた。年齢のわりにはかなり丈夫な肥満した美男子で、狩猟と飲食と睡眠とをその神聖な日課としていた。馬にも乗れるし、舞踏《ダンス》も心得ており、態度もかなりりっぱで、他の青年よりさほど劣ってはいなかった。長靴をはき込み馬や二輪馬車を駆って、ときどき自邸から町へ出て来た。用事を口実にして銀行家ジャンナンを訪問した。ときとすると、猟の獲物《えもの》をつめた目籠《めかご》を手みやげにしたり、大きな花束を婦人たちへもっ
前へ 次へ
全99ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング