た。正直で勤勉で良識をもってるだけで足りると、いつも好んで言っていた。父親が彼の趣味を念頭におかなかったとおり、彼も息子《むすこ》の趣味なんかは念頭におかずに、その職務を息子に譲ろうと考えていた。そして息子をそういうふうに育てようとはしなかった。子供たちを勝手に生成するままに放任しておいて、ただ彼らが善良でありことに幸福でさえあればいいとしていた。子供たちを鍾愛《しょうあい》していたのである。それで二人の子供は、この上もなく生存競争の準備が欠けていた。まるで温室の花だった。しかし、常にそういう生き方をしてはいけなかったであろうか? その柔弱な田舎において、名望ある富裕な家庭において、土地一流の地位を占めながら友人らに取り巻かれてる、快活で親切懇篤な父親をもっていて、生活はいかにも安易でなごやかだったのである。

 アントアネットは十六歳になっていた。オリヴィエは初めての聖体拝受を受けるころになっていた。彼は自分の神秘な夢の羽音のうちに潜み込んでいた。アントアネットは四月の鶯《うぐいす》の声のように青春の心を満たしてゆく陶然たる希望の歓《よろこ》ばしい歌声に耳を傾けていた。自分の身体や魂が花のように咲き出してくるのを、また、きれいだと自分でも知り人からそう言われるのを、しみじみと楽しんだ。父の賛辞や不用意な言葉だけでも、彼女を自惚《うぬぼ》れさせるに十分だった。
 父は彼女に見とれていた。彼女の婀娜《あだ》っぽい素振り、鏡の前での懶《ものう》げな横目、罪のない意地悪な悪戯《いたずら》、などを彼は楽しんだ。彼女を膝《ひざ》の上に抱き上げて、その小さな愛情のことや、男をあやなしていることや、結婚のことなどで、彼女をからかった。彼は幾つも結婚の申し込みを受けてると言って、それを列挙してみせた。りっぱな中流人たちで、どれもこれも年老いた醜男《ぶおとこ》ばかりだった。彼女は父の首に両腕をまきつけ、顔を父の頬《ほお》に押し当てて、大笑いをしながら、嫌悪《けんお》の叫び声をたてた。すると彼は、彼女の選に当たる仕合わせな者はどんな男かと尋ねた、七大罪を犯した者のように醜いとジャンナン家の老婢《ろうひ》が言っていたあの検事さんか、あるいはあのでっぷりした公証人かと。それを彼女は黙らせるために、ちょっと平手で打ったり、両手で口をふさいだりした。彼はその手に接吻《せっぷん》して、膝の上で彼
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