んなことは嘘《うそ》だとついには気づいたけれど、それでもなお鐘の音を聞くときには、空の方を仰いでながめた。あるときなどは、青いリボンをつけた鐘が家の上空に消えてゆくのを――そんなはずはないとよく知りながらも――実際に見たような気がした。
彼は伝説と信仰とのそういう世界に、身を浸さないではおれなかった。彼は人生からのがれた。自分自身からのがれた。痩《や》せて蒼白《あおじろ》く虚弱だった彼は、そういう状態を苦しみ、人からそうだと言われるのが堪えがたかった。彼のうちには生まれながらの悲観思想があった。それはもちろん母から受け継いだものであって、病弱な子供である彼にはちょうど適していた。彼はそのことを自覚しなかった。だれでも自分と同じだと思っていた。そしてこの十歳の小童は、遊び時間にも庭で遊ぶことをしないで、自分の室に閉じこもって、おやつの菓子をかじりながら、自分の遺書を書いていた。
彼は多く書いた。毎晩熱心に、人知れず日記をつけた――何にも言うべきことはなく、つまらないことしか言えなかったのに、なぜ日記をつけるかは、自分でもわからなかった。彼にあっては、書くことは遺伝的な病癖だった。それは、フランスの地方の中流階級――不滅なる老種族――の古来の欲求だった。彼らは馬鹿げたほとんど勇敢な忍耐さをもって、毎日見たり言ったりなしたり聞いたり食ったり飲んだり考えたりしたことを、死ぬまで毎日、自分のために詳しくしるしておく。自分のためにだ。他人のためにではない。だれもその日記を読む者はあるまい。それを彼らはよく知っている。そして彼ら自身も、決して読み返すことをしないのである。
音楽も彼にとっては、信仰と同様に、あまりに強い白日の光にたいする避難所だった。姉と弟とは二人とも、心からの音楽家だった――母からその能力を受けてるオリヴィエはことにそうだった。けれども、二人の音楽的趣味はすぐれたものとは言えなかった。この田舎《いなか》では、音楽的趣味を涵養《かんよう》することはおそらくできなかった。音楽として聞かれるものは、速歩調やあるいは――祭りの日に――アドルフ・アダムの接続曲を奏する田舎楽隊、華想曲《ロマンス》をひく教会堂のオルガン、町の娘たちのピアノの練習、などばかりだった。その娘たちが調子の狂った楽器の上でたたきちらすものは、幾つかの円舞曲《ワルツ》とポルカ曲、バグダッドの太
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