と、もう自分が存在しないように思われることもあった。信じやすくて心やさしいので、支持を一つ求めていた。いつも両腕を広げていてくれて、こちらからなんでも言うことができ、どんなことをも理解し宥恕《ゆうじょ》してくれる、眼に見えない友[#「眼に見えない友」に傍点]へ、自分の心を打ち明けるという慰安を、もの悲しい楽しみを、彼は懺悔《ざんげ》のうちに味わった。魂が洗われ休められて純潔になって出て来る、謙抑《けんよく》と愛との沐浴《もくよく》の快さを、彼はしみじみと感じた。彼にとっては信ずることがいかにも自然だったので、どうして人が疑い得るかを了解しなかった。疑うのは邪悪なからであり、あるいは神に罰せられてるからであると、考えていた。父が神の恵みに心動かされるようにと、人知れず祈っていた。そしてある日、父といっしょに田舎《いなか》の教会堂を見物に行き、父が十字を切るのを見て、非常にうれしかった。聖史の物語は彼の心の中で、リューベザール、グラシューズとペルシネー、ハルーン・アル・ラシッド教王、などの不可思議な話と交り合っていた。幼いころには、それらのどの話も真実であると疑わなかった。そして、唇《くちびる》の裂けたシャカバクや、おしゃべりの理髪師や、カスガールの小さな佝僂《せむし》などを、たしかに知ってる気がしたし、また、宝捜しの男の魔法の木の根をくわえてる黒い啄木鳥《きつつき》を、田舎《いなか》に散歩しながら見出そうとつとめていた。そしてまた、カナーンの地や約束の土地などは、彼の幼い想像力によって、ブールゴーニュやベリーの地方と一つになっていた。色|褪《あ》せた古い羽飾りのように小さな木が一本頂に立っている、向こうの丸い丘は、アブラハムが火烙《ひあぶり》台を立てた山のように思われた。茅屋《ぼうおく》のほとりにある大きな枯れた叢《くさむら》は、長い年代のために消えてしまってる燃ゆる[#「燃ゆる」に傍点]荊《いばら》であった。少し大きくなって、批判力が眼覚《めざ》めかけたころでさえ彼は、信仰を飾る通俗な伝説に心を向けるのが好きだった。それが非常に楽しかったので、まったくだまされはしなかったがだまされるのが面白かった。かくて彼は長い間、聖土曜日には、復活祭の鐘の帰来を待ち受けた。その鐘は、この前の木曜日にローマへ出かけたのであって、小さな吹き流しをつけて空中をもどってくるはずだった。そ
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