なつかしい故人や消え失《う》せた幻影といっしょにいた。そして、恋もなく滅んでしまった青春を考えると、たまらない寂しさにとらえられた。薄暗い茫漠《ぼうばく》たる悲しみだった……。往来の子供の笑い声、階下の室のよちよちした小さな子供の足音……その小さな足が自分の心の中を歩いてるように思われた……。疑惑が、いけない考えが、彼女を襲ってき、利己的な快楽的なこの都会の魂が、彼女の弱った魂に感染してきた。――彼女はそれらの悔恨の念をしりぞけ、それらの欲望を恥じた。なんのために苦しんでるのかみずからわからなかった。そして自分の悪い本能のゆえだとした。この憐《あわ》れな小さいオフェリア姫は、不思議な悩みにさいなまれていて、生命の奥底から来る濁った獣的な息吹《いぶ》きが、身内の深みから上ってくるのを感じて、おびえてるのだった。彼女はもう働かなかった。稽古《けいこ》の口もたいてい捨ててしまった。あんなに早起きだったのが、時には午後まで床にはいってることもあった。起き上がるのもふたたび寝るという理由しかなかった。ろくに食事もしなかったし、まったく食べないこともあった。ただ、弟の休みの日――木曜の午後と日曜の終日――には以前のとおりにつとめて弟といっしょにいた。
弟は何にも気づかなかった。新しい生活を面白がり、それに気を奪われていて、姉の様子をよく観察することができなかった。彼はちょうど青春期にはいっていた。青春期には一つのものに気をこめることができにくい。やがては心を動かされる事柄も、交渉が新しいおりには、それにたいして無関心な様子をするものである。年とった人のほうが、二十歳ごろの青年よりも、自然と人生とにたいしていっそう新鮮な印象といっそう率直な享楽とを、時とするともつがように思われる。すると人は、青年のほうが心が老い込み感情が鈍ってると言う。しかしそれはたいてい誤りである。青年が無感覚らしく見えるのは、感情が鈍ってるからではない。情熱や野心や欲望や固定観念などによって、魂がとらわれてるからである。身体が磨滅《まめつ》して、もはや人生から何も期待しなくなると、私心なき情緒が自由に動いてくる。そして子供らしい涙の泉が開けるのである。オリヴィエはいろんなつまらない事に気をとられていた。そのうちでもっともおもなものは、荒唐|無稽《むけい》な恋愛であって――(彼はいつもそんなことを空想してい
前へ
次へ
全99ページ中86ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング