ばらくの面会にたいする彼の気持と彼女の気持との間の矛盾は、しだいに大きくなっていった。彼女にとっては、今ではその面会時間が全生命だった。しかし彼のほうは、もちろん彼女をやさしく愛してはいたけれど、彼女のことばかりを思えと要求されるのは無理なことだった。一、二度は少し遅れて応接室にやって来た。ある日彼女は彼へ寄宿が厭《いや》かどうかと尋ねた。彼は厭でないと答えた。彼女はちょっと胸を刺される心地がした。――彼女はそういうふうな自分自身を恨んだ。自分を利己主義者だと見なした。二人がたがいに別々で暮らしてゆけないということは、また自分が人生に他の目的を有しないということは、馬鹿げたことであるし、いけない不自然なことでさえあるということを、彼女はよく知っていた。そうだ、彼女はそれを知りつくしていた。しかし知ってるだけで何になろう? どうにもできなかった。それほど彼女は、十年この方、弟という唯一の考えの中に全生活をうち込んできたのだった。その生活の唯一の中心が奪われた今となっては、もう何にも残ってはいなかった。
 彼女は元気を出して、仕事や読書や音楽や好きな書物などに、手をつけようとつとめた……。けれど彼がいなくなっては、シェイクスピヤもベートーヴェンもなんと空虚なことだったろう!――まさしく美しいには違いなかったが……しかし彼がもうそばにいないのだった。いかに美しいものも、愛する者の眼が共に見てくれないときには、なんの役に立とうぞ。美もまたは喜びでさえも、それをもう一つ[#「もう一つ」に傍点]の心の中に味わうのでなければ、何になろうぞ。
 もし彼女がもっと強かったら、自分の生活をまったく立て直して、他の目的を定めようとしたかもしれなかった。しかし彼女は行きづまっていた。ぜひともしっかりしていなければならないという必要がなくなった今となっては、みずから強《し》いていた意志の努力が破れて、ぐったりとなってしまった。一年余り前から彼女のうちにきざして、彼女の気力で押えられていた病気が、今や自由に伸び出してきた。
 彼女は自分の室にただ一人で、火の消えた暖炉のほとりにすわりながら、鬱々《うつうつ》として晩を過ごした。暖炉に火を入れるだけの元気もなければ、床にはいるだけの力もなかった。夢想にふけり寒さに震えうとうととしながら、夜中まですわっていた。過去の生涯《しょうがい》を思い起こし、
前へ 次へ
全99ページ中85ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング