ら支持されていた。彼女はきわめて敬虔《けいけん》であって、毎日欠かさず長い熱心な祈祷《きとう》をなし、日曜日には欠かさずミサに行った。不当な惨《みじ》めな生活の中にあって彼女は、人とともに苦しみ他日人を慰めてくれる聖なる友[#「聖なる友」に傍点]の愛を、信ぜずにはいられなかった。また神よりもなおいっそう、自家の故人たちと心を通わせていて、自分のあらゆる苦難をひそかに彼らへ打ち明けていた。しかし彼女は独立の精神と堅固な理性とをもっていた。他のカトリック教徒らから離れていて、彼らからあまりよくは見られていなかった。彼らは彼女のうちに邪悪な精神があるとし、彼女を自由思想家もしくはそれになりかかってる者だと見なしがちだった。なぜなら、彼女は善良なフランス娘として、自分の自由判断を捨てようとはしなかったから。彼女は卑しい家畜みたいに服従心によってではなく、愛によって信仰していたのである。
 オリヴィエはもう信仰をもってはいなかった。パリーでの生活の初めのころからして、次第に信仰から離れていったが、ついにはそれを全然失ってしまった。彼はそれをひどく苦しんだ。彼は信仰なしで済ましてゆけるほど、十分強い人間でも凡庸な人間でもなかった。それで激しい苦悶《くもん》の危機を通ったのだった。しかし彼はなお神秘な心を失わなかった。そして、いかに無信仰になったとはいえ、彼の思想は姉の思想にもっとも近いものだった。彼らはどちらも宗教的|雰囲気《ふんいき》のうちに生きていた。一日離れていたあとで各自に夕方帰ってくると、彼らの小さな部屋は彼らにとって、一つの港であった。貧しくはあるが清浄な犯しがたい避難所であった。彼らはその中にあって、パリーの腐敗した思想から、いかに遠く離れてる心地がしたことだろう!……
 彼らは自分がした事柄については多く話さなかった。疲れて家に帰って来る時には、苦しかった一日のことを話してそれをまた思い起こすことは、好ましくないものである。彼らは知らず知らずに、その日のことをいっしょに忘れようとつとめていた。ことに夕食のおりに顔を合わせてしばらくの間は、たがいに尋ね合うことを差し控えた。ただ眼つきで挨拶《あいさつ》をかわした。ときとすると、食事中一言もいわないことさえあった。アントアネットは弟をながめた。弟は昔小さかったときのように、皿《さら》を前にしてぼんやり考えていた。彼女
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