っ払いの執拗《しつよう》さで怪しんでいた。
彼は人々が食卓から立ち上がったのに気づかなかった。ただ一人すわったままでいた。そしてライン河畔の丘、大きな森、耕された畑、水辺の牧場、年老いた母、などのことを夢想していた。数人の仲間がまだ、室の向こうの隅《すみ》で立ち話をしていた。多くの者はもう出かけてしまっていた。彼もついに思い切って立ち上がり、だれにも眼をくれずに、入口にかかってる自分のマントと帽子とを取りに行った。それらを身につけてから、挨拶《あいさつ》もせずに出かけようとした。その時|扉《とびら》の開き目から、隣りの控え室に、ある物を見つけて夢中になった。それは一台のピアノだった。彼は数週間なんらの楽器にも手を触れたことがなかったのである。彼はその室にはいり、なつかしげに鍵《キー》をなで、腰をおろしてしまって、帽子をかぶりマントを着たままで、演奏し始めた。どこの家だかすっかり忘れていた。二人の男が聞きに忍び込んできたのもわからなかった。一人はシルヴァン・コーンだった。彼は音楽熱愛家だった――なぜだかは人間にはわからない。というのは、彼は音楽に少しも理解がなかったし、いいのも悪いのも
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