とらえることができなかった。注意のこもらないぼんやりした彼の近視眼は、おもむろに食卓を見回して、人々の上にじっとすわりながらも、別に見ているようでもなかった。けれども彼はだれよりもよく人々を見ていた。ただそれを意識していないだけだった。彼の眼は、ごく細かな物の断片を嘴《くちばし》でくわえてそれを一瞬間に噛《か》み砕くような、それらのパリー人やユダヤ人などの眼と違っていた。彼は海綿のように、沈黙のうちに徐々に人々を吸い込み、そしてもち去るのであった。彼自身も、何にも見ず何にも記憶しないような気がしていた。彼が一人になって自分自身のうちをながめ、すべてを奪い取ってきたと気づくのは、長い後――数時間またはしばしば数日の後――であった。
しかしこの時彼は、一口も食べそこなうまいとしてやたらに頬張《ほおば》る、愚鈍なドイツ人の様子をしか示していなかった。そして、仲間の者らが呼びかわす名前よりほかには、何にも聞き取っていなかった。それら多くのフランス人が、フラマン人やドイツ人やユダヤ人や東洋人やイギリス産アメリカ人やスペイン産アメリカ人などのような、外国人的な名前をどうしてもってるのかを、彼は酔
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