、一言の警句を吐いて、その途方もない議論を片付けようとあせった。クリストフは、自分の言うところを相手が少しも知っていないのに気づいて、呆然《ぼうぜん》としてしまった。それから、この衒学《げんがく》的な陳腐《ちんぷ》なドイツ人にたいして、人々は一つの意見をたててしまった。だれも彼の音楽を知らないくせに、くだらない音楽に違いないと判断してしまった。けれども、ただちに滑稽《こっけい》な点をつかむ嘲笑《ちょうしょう》的な眼をもってる、それら三十人ばかりの青年らの注意は、この奇怪な人物の方へ向けられていた。彼は手先の大きな痩《や》せ腕を、拙劣に乱暴に振り動かし、金切声で叫びながら、激越な眼つきで見回すのだった。シルヴァン・コーンは、友人らに茶番を見せてるつもりだった。
 話はまったく文学から離れて、婦人の方へ向いていった。実を言えば、それは同じ問題の両面であった。なぜなら、彼らの文学中ではほとんど婦人だけが問題だったし、婦人の中ではほとんど文学だけが問題だった。それほど婦人らは、文学上の事柄や人に関係深かった。
 パリーの社交界に名を知られている一人のりっぱな夫人が、自分の情人をしかと引き止めて
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