》し、クリストフをののしりちらした。亭主《ていしゅ》の方もやって来て、プロシャの乞食《こじき》めに娘に手を触れさせるものかと言い切った。クリストフは憤怒《ふんぬ》のあまり蒼《あお》くなり、恥ずかしくなり、亭主や女房や娘を、締め殺すかもしれない気がして、驟雨《しゅうう》を構わず逃げ出した。宿の者らは、彼が狼狽《ろうばい》してもどって来るのを見ると、すぐ事情をうち明けさした。隣人一家にたいして好意をもたなかった彼らは、その話を面白がった。しかし晩になると、ドイツ人の方こそ娘をなぐるような畜生だという噂《うわさ》が、その界隈《かいわい》にくり返し伝えられた。

 クリストフは方々の楽譜店に新しい交渉を試みた。しかしなんの甲斐《かい》もなかった。彼はフランス人を冷淡な人間だと思った。そして彼らの乱雑な行動に驚かされた。傲慢《ごうまん》専断な官僚気風に支配された無政府的社会、そういう印象を彼は受けた。
 ある晩彼は、奔走の無結果にがっかりして大通りをさまよってると、向こうから来るシルヴァン・コーンの姿を認めた。仲|違《たが》いをしたことと信じていたので、彼は眼をそらして、向こうの知らないうちに通
前へ 次へ
全387ページ中61ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング