し彼は、その声がいつも存在していて、暗夜に怒号する大洋のように、決して響きやまぬことを知っていた。その音楽のうちに浸ることに、静安と精力とを見出してはくみ取るのだった。そして慰安を得て起《た》ち上がった。否、いかほどつらい生活をしていても、少しも恥ずべきではなかった。顔を赤らめずに自分のパンを食し得るのだった。かかる代価をもって彼にパンを買わしてる人々こそ、顔を赤らむべきであった。忍耐だ! やがて時期が来るだろう……。
 しかし翌日になると、また忍耐がなくなり始めるのだった。彼はできるだけ我慢をしてはいたが、ついにある日、馬鹿でおまけに横着なその女郎《めろう》にたいして、稽古《けいこ》中に癇癪《かんしゃく》を破裂さした。彼女は彼の言葉つきをあざけったり、小意地悪くも彼の言うところと反対のことばかりをしたのである。クリストフが怒鳴りつけるのにたいして、この馬鹿娘は、金を払ってる男から尊敬されないのを憤りまた恐れて、喚《わめ》きたてて答えた。打たれたのだと叫んだ。――(クリストフはかなり乱暴に彼女の腕を揺《ゆす》ったのだった。)――母親は猛烈な勢いで駆け込んでき、娘をやたらに接吻《せっぷん
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