の敵となったのだと疑わなかった。敵都における絶対の孤独だった。ディーネルとコーンとのほかには、一人の知人もなかった。ドイツで交誼《こうぎ》を結んだ美しい女優のコリーヌは、パリーにいなかった。彼女はまだ他国巡業中で、アメリカに行っていて、こんどは独立でやっていた。有名になっていたのである。新聞には彼女の旅の華々《はなばな》しい記事が出ていた。また彼は、思いがけなくも職を失わせた結果になってる、あの若い家庭教師のフランス婦人については、長い間考えることに苛責《かしゃく》の種となったので、パリーへ行ったら捜し出そうと、幾度みずから誓ったかわからなかった(第四巻反抗参照)。しかし今パリーへ来てみると、たった一つのことを忘れてるのに気がついた。それは彼女の姓だった。どうしても思い出せなかった。ただアントアネットという名だけしか覚えていなかった。それにまた、もし思い出すことがあろうとも、こんなにたくさんの人が集まってる中で、一人の若い家庭教師たる彼女をどうして見出せよう!
 彼はできるだけ早く、糊口《ここう》の道を立てなければならなかった。もう五フランしか残っていなかった。彼は主人へ、でっぷりした
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