飲食店の主人へ、この付近にピアノの稽古《けいこ》を受けそうな人はいないだろうかと、嫌々《いやいや》ながらも思い切って尋ねてみた。主人は日に一度しか食事をせずにドイツ語を話してるこの宿泊人を、前からあまり尊敬してはいなかったが、一音楽家にすぎないことを知ると、そのわずかな敬意をも失ってしまった。音楽を閑人《ひまじん》の業《わざ》だと考える古めかしいフランス人だったのである。彼は馬鹿にしてかかった。
「ピアノですって……。あなたはピアノをたたくんですか。結構なことですな。……だが、すき好んでそんな商売をやるたあ、どうも不思議ですね。私にゃどんな音楽を聞いても雨が降るようにしか思えないんですが……。あとで私にも教えてもらいますかな。どう思う、君たちは?」と彼は酒を飲んでる労働者らの方へ向いて叫んだ。
彼らは騒々しく笑った。
「きれいな商売だ。」と一人が言った。「汚《きたな》かねえよ。それに、女どもの気に入るからな。」
クリストフにはまだフランス語がそうよくはわからなかった。悪口はなおさらだった。彼はなんと言おうかと考えた。怒《おこ》っていいものかどうかわからなかった。おかみさんは彼を気の
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