え。」
 クリストフは宿所を彼に書き取らした。
「よろしい。明日手紙を上げよう。」
「明日?」
「明日だ。間違いないよ。」
 彼はクリストフの握手からのがれて逃げ出した。
「あああ!」と彼は思っていた。「たまらない奴だ。」
 彼は店に帰ると、「あのドイツ人」が尋ねて来たら留守にするんだと、給仕に言いつけた。――十分もたつと、もうクリストフのことは忘れてしまった。
 クリストフは汚《きたな》い巣へもどった。心動かされていた。
「親切な男だ!」と彼は思っていた。「俺は彼にたいして悪いことをしたことがある。だが彼は俺を恨んでもいない!」
 そういう悔恨の念が重く心にかかった。昔悪く思ったことが今いかに心苦しいか、昔ひどく当たったことを許してもらいたいと今どんなに思ってるか、コーンへ書き送ろうとした。昔のことを思うと眼に涙が湧《わ》いてきた。しかし彼にとっては、一通の手紙を書くのは、大譜表を書くに劣らないほどの大仕事だった。そして、宿屋のインキやペンを、それは実際ひどいものではあったが、盛んにののしり散らした後、四、五枚の紙を書きなぐり消したくり引き裂いた後、もう我慢ができなくなってすべてを放
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