なかった。クリストフが訪れて来ようなどとは、最も思いがけないことだった。彼はきわめて炯眼《けいがん》だったので、クリストフの訪問には一つの利害関係の目的があることを予見してはいたが、それは自分の力にささげられた敬意だという一事だけで、すでに喜んで迎えてやる気になったのである。
「国から来たのかい。お母《かあ》さんはどうだい。」と彼は馴《な》れ馴れしく尋ねた。他の時だったらそれはクリストフの気にさわったかもしれないが、しかし他国の都にいる今では、かえってうれしい感じを与えた。
「だがいったいどうしたんだろう、」とクリストフはまだ多少疑念をいだいて尋ねた、「先刻コーンさんという人はいないという返辞だったが。」
「コーンさんはいないよ。」とシルヴァン・コーンは笑いながら言った。「僕はコーンとはいわないんだ。ハミルトンというんだ。」
彼は言葉を切った。
「ちょっと失敬。」と彼は言った。
彼は通りかかった一人の婦人の方へ行って、握手をして、笑顔《えがお》を見せた。それからまたもどって来た。そして、あれは激しい肉感的な小説で有名になった閨秀《けいしゅう》作家だと説明した。その近代のサフォーは、
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