然と答えた。「私はパリーでなんの用もありません。場合によっては一日待っていても平気です。」
若い店員はそれを冗談だと思って茫然《ぼうぜん》と彼をながめた。しかしクリストフはもうその男のことなんか考えていなかった。往来の方に背を向けて悠々《ゆうゆう》と片隅《かたすみ》にすわった。そこに腰を落ち着けてしまうつもりらしかった。
店員は店の奥にもどっていって、仲間の者らと耳打ちをした。彼らはおかしな狼狽《ろうばい》の様子で、この邪魔者を追い払う方法を講じた。
不安な数分が過ぎてから、店の中扉《なかとびら》が開いた。ディーネル氏が現われた。大きな赤ら顔で、頬《ほお》と頤《あご》とに紫色の傷痕《きずあと》があり、赤い口|髭《ひげ》を生《は》やし、髪を平らになでつけて横の方で分け、金の鼻|眼鏡《めがね》をかけ、シャツの胸には金ボタンをつけ、太い指に指輪をはめていた。帽子と雨傘《あまがさ》とを手にしていた。彼は何気ない様子でクリストフの方へやっていった。クリストフは椅子《いす》の上にぼんやりしていたが、驚いて飛び上がった。彼はディーネルの両手を取り、大仰《おおぎょう》な親しさで叫びだした。店員ら
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