人々は理解することができない。すべて偉大なるものは善良である。悲しみもその極度に達すれば、救済に到達する。人の魂を挫《くじ》き悩まし根柢から破壊するものは、凡庸《ぼんよう》なる悲しみや喜びである。失われた快楽に別れを告げる力もなく、あらゆる卑劣な行ないをして新たな快楽を求めんとひそかにたくらむ、利己的な浅薄な苦しみである。クリストフは古い書物から立ちのぼる苛辣《からつ》な息吹《いぶ》きに、元気づけられた。シナイの風が、寂寞《せきばく》たる曠野《こうや》と力強い海との風が、瘴癘《しょうれい》の気を吹き払った。クリストフの熱はとれた。彼はずっと安らかにふたたび床について、翌日まで一息に眠った。眼を覚ました時には、もう昼になっていた。室の醜さがさらにはっきり眼についた。自分の惨めさと孤独さとが感ぜられた。しかし彼はそれらをまともにながめやった。落胆は消えていた。もう男らしい憂鬱《ゆううつ》が残ってるのみだった。彼はヨブの言葉をくり返した。
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よしや我神の御手に殺さるるとも[#「よしや我神の御手に殺さるるとも」に傍点]、我はなお[#「我はなお」に傍点]、神に[#「神に
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