《にんてい》をも、彼のうちで衝突し合ってたがいに同等の生存権をもってるあらゆる悪魔を、放散せざるを得なかった。一作品の中に一つの熱情の荷をおろすや否や――(時とするとその作品を終わりまで書きつづけるだけの忍耐がないこともあった)――すぐに彼は反対の熱情に落ち込んでいった。しかしその矛盾は表面のみだった。彼は常に変わりながらも、常に同じだった。彼のあらゆる作品は、同一の目的に達する種々の道筋だった。彼の魂は一つの山嶽《さんがく》であった。彼はそのあらゆる道を進んだ。ある道は羊腸《ようちょう》として木陰にたゆたっていた。ある道は日にさらされて険峻《けんしゅん》な坂をなしていた。そしてそのすべてが、山頂に鎮座してる神へ達するのだった。愛情、憎悪、意志、忍諦、すべて極度に達した人間的な力は、永遠に接触してすでに永遠を分有するものである。人は各自分のうちに永遠なるものをもっている、信仰者も無信仰者も、至るところに生命を見出す者も、至るところに生命を否定する者も、生命や否定や万事を疑う者も、――またそれらたがいに矛盾する事柄を同時に魂の中に抱擁していたクリストフも。そしてあらゆる矛盾は永遠の力の中に融《と》け込んでしまう。クリストフにとって重要なことは、その力を自分のうちにまた他人のうちに呼び覚《さ》ますこと、火炉の上に一かかえの薪《まき》を投ずること、永遠をして燃えたたせることであった。パリーの逸楽的な闇夜《やみよ》の中にあって、彼の心のうちには大なる炎が上がっていた。彼はいかなる信仰にも縛られていないとみずから信じていたが、実は全身が信仰の炬火《きょか》にすぎなかった。
それは最もフランス人の皮肉の的となりやすいものだった。信仰はきわめて精練された社会が最も許しがたく思う感情の一つである。なぜなら、そういう社会はみずから信仰を失っているから。青年の夢想にたいする大多数の人々の暗黙なあるいは嘲笑《ちょうしょう》的な敵意のうちには、自分らも昔はそのとおりであり、そういう野心をいだきながらそれを実現できなかったのだという、苦々《にがにが》しい考えが多くは交っている。すべて自分の魂を否定した人々、自分のうちに仕事をもちながらそれを完成しなかった人々は、こう考える。
「私にしても夢想したことをしとげることができなかった。どうして彼らにできるものか。私は彼らがしとげることを望まない。」
人間のうちにはいかにヘッダ・ガブラーが多いことだろう! 新しい自由な力を絶滅せんとする、なんという陰険な悪意であることぞ! 沈黙によって、皮肉によって、磨損《まそん》させることによって、落胆させることによって――また、おりよき邪悪な誘惑によって、それらの力を殺さんとする、なんというみごとな手ぎわであることぞ!……
そういう人物はいずれの国にもいる。クリストフはドイツで彼らに出会ったので、彼らのことをよく知っていた。彼はそういう連中にたいしては武装をしていた。彼の防御法は簡単だった。自分の方から先に攻撃していった。彼らが少しでも好意を見せると、すぐに宣戦を布告した。それらの危険な味方はかならず敵となしてしまった。しかしこの率直な策略は、自分の性格を保全するためには最も有効であったとは言え、芸術家としての生涯《しょうがい》を容易ならしむるためには有効でなかった。クリストフはドイツにいた時と同じ方法をまたやり出した。余儀ないことだった。変わった事情はただ一つきりだった。すなわち彼の気分がごく快活になってるのみだった。
彼はだれでも耳を傾ける人には、フランスの芸術家らに関する忌憚《きたん》なき批評を元気に言ってきかした。かくて多くの恨みを買った。怜悧《れいり》な人々がなすように、何か一派の援助をつないでおくだけの用心をさえしなかった。こちらから称賛してやれば向こうでもこちらを称賛するような芸術家らを、彼は自分の周囲にたやすく見出せたはずである。あとで称賛してもらうつもりで向こうから先に称賛してくる者さえあった。彼らは自分がほめる者を一つの債務者だと見なし、時期が来ればいつでもその債権の償却を要求し得ることと考えていた。それはうまく投じた資金であった。――しかしクリストフを相手にしては、投じそこなった資金と言うべきだった。クリストフは少しも償却しなかった。さらにいけないことには、彼は自分の作をほめてくれる連中の作を、凡庸《ぼんよう》だと思うだけの厚顔をそなえていた。彼らは口にこそ言いはしなかったが、それを深く根にもって、次の機会には仕返しをしてやろうと誓っていた。
クリストフは多くの拙劣なことをなしたが、リュシアン・レヴィー・クールとの喧嘩《けんか》はことに拙劣だった。彼は至るところにレヴィー・クールを見出した。そして、外見上意地悪いことは少しもせず、彼よりもいっ
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