そうの温情をそなえてるらしく、そしてとにかく彼よりはいっそうの節度をそなえてる、この穏和なていねいな男にたいして、大袈裟《おおげさ》な反感を隠すことができなかった。彼は議論を吹きかけた。その題目がいかにもつまらない時でも、議論はいつもクリストフのせいでにわかに辛辣《しんらつ》になってきて、聞いてる人々をびっくりさした。あたかもクリストフはあらゆる口実を設けて、リュシアン・レヴィー・クールにまっしぐらに突進したがってるかのようだった。でも決してやりこめることはできなかった。相手はいつも、自分の方が間違ってることがいかに明白な時にでも、うまく振る舞うのに巧妙をきわめていた。クリストフの世馴《よな》れないことをことに目だたせるような慇懃《いんぎん》さで、自分の身を護っていた。それにクリストフの方では、フランス語のしゃべり方がまずく、覚えたての隠語やまた下等な言葉まで交え、しかもそれらを多くの外国人のように不適当に使っていたので、レヴィー・クールの戦術を失敗に終わらせることは不可能だった。そしてその皮肉な穏和さにたいして猛然とぶつかっていった。人は皆クリストフの方が悪いと思った。なぜなら、彼がひそかに感じていたところのことを、だれも見て取り得なかったから。すなわちそれは、穏和の偽瞞《ぎまん》であった。一つの力に衝突してそれを切り捨てることができない時に、ひそかに暗黙のうちにそれを窒息させようとすることだった。彼はクリストフと同じく時日に期待をかける男だったので、別に急いではいなかった。クリストフの方は建設せんがためにであったが、彼の方は破壊せんがためにであった。クリストフをストゥヴァン家の客間から次第に遠ざけたように、クリストフからシルヴァン・コーンやグージャールを引き離すのは、むずかしいことではなかった。彼はクリストフの周囲を空虚にしていった。
 クリストフ自身でもそれを助長していた。彼はいずれの流派にも属しなかったし、なおよく言えばあらゆる流派の敵だったので、だれをも満足させなかった。彼はユダヤ人どもを好まなかった。しかし反ユダヤ主義者らをさらに好まなかった。悪いからというのではなく力強いからというので、この有力な小数党たるユダヤ人どもに反抗してる、大多数の者らの卑怯《ひきょう》さ、嫉妬《しっと》や怨恨《えんこん》の下劣な本能に訴えたやり方、それを彼はきらっていた。かくて彼は、ユダヤ人らからは反ユダヤ主義者だと見なされ、反ユダヤ主義者らからはユダヤ党と見なされた。また芸術家らは、彼のうちに敵を感じた。知らず知らずにクリストフは芸術において、実際以上にドイツ的だった。パリーのある音楽の快楽的な恬静《てんせい》さに対抗して、彼は激しい意志を、雄々しい健全な悲観思想を称揚していた。彼の作に歓喜が現われる時には、それはいつも、通俗芸術の貴族的な保護者らにまで不快を催させるような、趣味の欠如と平民的な熱狂となされていた。形式は学者ぶった粗剛なものだった。そのうえ彼は反抗心から、様式における表面的な閑却や、外的な独自性にたいする無頓着《むとんじゃく》などを、ともすると装《よそお》いがちであった。フランスの音楽家らにとっては、それはきわめて不快なことに違いなかった。それで、彼から自作のあるものを見せられた者らは、よく見てみようともせずに、ドイツのワグナー末派にたいする軽蔑のうちに、彼をも一|括《かつ》してしまった。クリストフはそれをほとんど気にもとめなかった。彼は内心で笑いながら、フランス文芸復興期の愉快な一音楽家の詩句を――自分の場合にあてはめて――くり返した。

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…………………………
さあ、人の言葉を気にかけるな。
このクリストフには某のごとき対位法がない、
某のごとき和声がない、という人の言葉を。
俺もまた他人にない何かをもっているのだ。
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 しかし、音楽会で自作を演奏してもらおうとすると、彼は扉《とびら》が閉ざされてるのを見出した。演奏すべき――もしくは演奏すべからざる――フランスの青年音楽家らの作品が、すでに十分あった。無名な一ドイツ人の作品にたいする余地はなかった。
 クリストフは奔走につとめなかった。彼は家に閉じこもってまた書き始めた。パリーの奴《やつ》らに聞いてもらおうともらうまいと、それはどうでもよかった。彼は自分の楽しみに書いてるので、成功せんがために書いてるのではなかった。真の芸術家は作品の未来には気をとめない。十年後には何も残らないことを知りながら人家の正面に愉快に絵を書いていた、文芸復興期の画家らのようなものである。そしてクリストフは、好時期の到来を待ちながら穏やかに仕事をしていた。その時意外な援助がやって来た。

 クリストフは当時、劇的形式に心ひかれていた。彼はまだ
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