ま》えり、シオンの娘らは、首を硬《かた》くし、眼を動かし、気取りたる小足にて歩み、足の輪を鳴らせばなりと。
 主はシオンの娘らの頭の頂を禿《はげ》となし、その裸の地を見出したもうべし……。
[#ここで字下げ終わり]

 彼はコレットの素振りを考えて放笑《ふきだ》した。そして機嫌《きげん》よく床についた。それから、自分にとっては聖書も滑稽《こっけい》な読み物となったところをみると、自分もまたパリーの腐敗に冒されたのに違いないと考えた。けれども彼はやはり寝床の中で、そのおかしな大審判者の判決文をくり返し思い出していた。そしてあの年若な女友だちの頭にはそれがどう響くか、想像してみようとした。彼は子どものように笑いながら眠った。自分の新しい苦しみのことはもはや考えていなかった。可もなく不可もないことだ……。彼はそれに馴《な》れていた。

 彼はなおコレットにピアノの稽古《けいこ》を授けることはやめなかった。しかしそれから後は、彼女から親しい対談をされるような機会を避けた。彼女がいかに悲しい様子をしたり、怒ったふりをしたり、そのつまらない術策を弄《ろう》したりしても、彼はがんばっていた。二人は不機嫌《ふきげん》な顔をし合った。ついには彼女の方から、口実を設けて稽古の回数を減らした。彼もまた口実を設けてストゥヴァン家の夜会へ招待されたのを断わった。
 パリーの社交界はもうたくさんだった。その空虚、無為、精神的無力、神経衰弱、理由も目的もなくただ空費される妄評《もうひょう》、などに彼はもう堪えることができなかった。芸術のための芸術の、また快楽のための快楽の、この沈滞せる雰囲気《ふんいき》の中に、どうして一民衆が生活し得るかを、彼は怪しんだ。それでもこの民衆は生活していた。かつては偉大だった。まだ世界においてかなりりっぱな顔つきをしていた。遠くからながめる者には幻をかけさしていた。しかし、どこからその生存の理由をくみ取っているのか? 何物も信ぜず、快楽をしか信じていないのに……。
 クリストフはそこまで考えを進めていると、青年男女の騒々しい一群に、往来の中で出会った。彼らは一つの車をひいていた。車の中には一人の老牧師がすわって、左右の人々に祝福を与えていた。その少し先を見ると、フランス兵らが斧《おの》を振りあげて、教会堂の扉《とびら》をこわしており、それにたいしてりっぱな紳士らが、椅子《いす》をかざして対抗していた。クリストフはフランス人がなお何かを信じてることに気づいた――何をであるかはまだわからなかった。人の説明によれば、一世紀間の共同生活の後に国家は教会と分離したのであって、教会が快く別れ去ることを欲しなかったので、法と力とをそなえた強い国家は、教会を駆逐してるのであった。クリストフはそれを適宜なやり方だとは思わなかった。しかし彼は、パリーの芸術家らの無政府的享楽主義に弱らされていたので、いかにつまらない主旨にせよ、それに熱中せんとする人々に出会うと、ある喜びを感ぜざるを得なかった。
 彼はやがて、そういう人物がフランスにはたくさんいることを認めた。政治新聞はホメロスの英雄らのようにたがいに戦っていた。内乱を煽動《せんどう》する記事を毎日掲げていた。実を言えば、それもただ言葉の上のことだけで、実際の腕力|沙汰《ざた》になることはめったになかった。けれども、他人が書いてる道徳を実地に行なうような率直な者も、いないではなかった。すると、不思議な光景が見られるのであった。フランスから分離したつもりでいる地方、脱走した連隊、焼かれた県庁、憲兵隊の先頭に立って馬に乗ってる収税吏、自由思想家らが自由の名においてこわそうとしてる教会堂を保護せんため、釜《かま》に湯を煮たて手に鎌《かま》をもってる農夫、アルコール地方にたいして反抗した葡萄《ぶどう》酒地方へ話しかけるため、木の上に登っている民衆の贖主《あがないぬし》。ここかしこに無数の群集がいて、拳固《げんこ》を差し出し、怒鳴って真赤《まっか》になっていたが、しまいには本気でなぐり合うのだった。共和政府は民衆に媚《こ》びていた。そして次には、民衆を薙《な》ぎ払わせていた。民衆の方でもまた、民衆の赤子――将校や兵卒――の頭をたたき割っていた。かくてそれぞれ、自分の主旨と拳固《げんこ》とのりっぱなことを、他人に証明してみせていた。そういうありさまを遠くから新聞を通じてながめると、数世紀も逆転したがように思われるのだった。フランスは――この懐疑的なフランスは――熱狂的な民衆であるということを、クリストフは発見した。しかしいかなる意味において熱狂的だかは、知ることができなかった。宗教に味方してかあるいは反対してか? 理性に味方してかあるいは反対してか? 祖国に味方してかあるいは反対してか?――彼らはそれらすべて
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