の懸賞品たるべきはずだった。
 彼女は二人の友を平等にあやなしていた。クリストフの道徳的優秀さと才能とを味わっていたが、またリュシアン・レヴィー・クールの面白い不道徳性と機知とをも味わっていた。そして内心では、後者の方により多くの楽しみを見出していた。クリストフは彼女に少しも叱責《しっせき》を控えなかった。彼女は殊勝げにしおらしくそれを聴いた。それで彼の心も和らいだ。彼女はかなり善良であったが、心弱さと温良そのものとのために本気でなかった。半ば狂言をやっていた。クリストフと同じように考えてるふうを装《よそお》っていた。実は彼のような友人の価値をよく知ってはいた。しかし友情のためになんらかの犠牲を払うのを欲しなかった。何物にたいしてもまただれにたいしても、なんらの犠牲をも払いたくなかった。自分に最も便利で最も快いことを欲していた。それで彼女は、リュシアン・レヴィー・クールをいつも迎えてることをクリストフに隠した。友だちを皆引き止めてその皆を満足させるの技倆《ぎりょう》をもっていなければならない者に必要な一種の技術に、子どもの時から馴《な》らされてる社交|裡《り》の若い女性特有の、みごとなかわいい自然さをもって、彼女は嘘《うそ》をついていた。クリストフに不快をかけないためだということを、みずから嘘の口実としていた。しかし実際においては、彼の言うところがもっともであると知っていたからであり、彼と仲|違《たが》いをしないで自分の好きなことをやはりしたいからであった。クリストフは時々その狡猾《こうかつ》な策略に気づいた。そして叱責し声を荒らげた。彼女はそれでもやはり、かわいらしいやや悲しげな後悔した小娘のふうを装った。そして彼にやさしい眼つき――女性の最後の策――を送った。クリストフの友情を失うかもしれないと感ずることは、彼女にとってほんとうに悲しかった。彼女は誘惑的なまた真面目《まじめ》な様子をした。すると果たして、しばらくはクリストフの心を和らげることができた。しかし早晩、破裂に終わるの運命にあった。クリストフのいらだちのうちには、知らず知らずごく少しの嫉妬《しっと》がいり込んでいた。そしてコレットの追従《ついしょう》的な策略のうちには、同じくごく少しの恋愛がはいり込んでいた。不和はそのためにますますひどくなるのほかはなかった。
 ある日、クリストフはコレットが嘘をついてる現場を押えて、リュシアン・レヴィー・クールと自分とどちらかを選べと、手詰めの談判をした。彼女はその問題を避けようと試みた。そしてしまいには、好きな者はだれでも友だちにしておく権利があると主張した。彼女の言うところはまったく正当だった。クリストフは自分の方が滑稽《こっけい》だと気づいた。しかし自分がかく厳格な態度を取るのは利己心からではないということも、またよく知っていた。彼はコレットにたいして誠実な愛情をいだいていたのである。たとい彼女の意志に逆らおうとも彼女を救いたかった。それで彼はへまに言い張った。彼女は返辞を拒んだ。彼は言った。
「コレットさん、では私たちがもう友だちでなくなることを望むんですか。」
 彼女は言った。
「いいえ、ちっとも。あなたが友だちでなくなってしまわれると、私はたいへん悲しいんですもの。」
「しかしあなたは私どもの友情に、少しの犠牲をも払いたがらないじゃありませんか。」
「犠牲ですって! まあ馬鹿なことをおっしゃるのね。」と彼女は言った。「いつでも何かのために何かを犠牲にしなければならないという訳があるでしょうか? それはキリスト教的な馬鹿げた考えですわ。つまりあなたは、知らず知らず古臭いお坊さんになっていらっしゃるのね。」
「そうかもしれません。」と彼は言った。「私にとっては、これかあれかです。善と悪との間に、私は空間を認めません、たとい髪の毛一筋ほども。」
「ええ、知っています。」と彼女は言った。「だから私はあなたが好きです。ほんとに、たいへん好きですわ。けれど……。」
「けれど、も一人の方も同様に好きだ、というんでしょう。」
 彼女は笑った。そして、いちばんかわいい眼つきをしいちばんやさしい声をして言った。
「お友だちでいてくださいね!」
 彼はまた負けかかった。しかしそこに、リュシアン・レヴィー・クールがはいって来た。そして同じかわいい眼つきと同じやさしい声とが、彼を迎えるのに使われた。クリストフは口をつぐんで、コレットが芝居をうってるのをながめた。それから、交誼《こうぎ》を絶とうと決心して立ち去った。心が悲しかった。しかし、いつも執着して罠《わな》にかかってばかりいるのは、いかにも愚かなことだった。
 彼は家に帰って、機械的に書物を片付けながら、退屈なまま聖書を開いて読んだ。

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 ……主《しゅ》は宣《のた
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