がら、愛するものをも尊敬しないで済ませる連中の一人だった。尊敬するどころではない。多少|軽蔑《けいべつ》できるようなものを彼らはいっそう愛するのである。自分の愛情の対象は自分にいっそう近くいっそう人間的であるように彼らは考える。勇壮とかことに純潔とかいうことを少しも理解し得ない俗人どもである。勇壮や純潔などを、虚偽かあるいは精神の弱さかであるように見なしがちである。それでももちろん彼らは、芸術上の英傑をだれよりもよく理解してるとの確信をもち、その英傑らを保護者的な馴《な》れ馴れしさで批判するのである。
レヴィー・クールは、富裕閑散な中流市民階級の腐敗した生娘《きむすめ》らと、いたってよく気が合っていた。彼は彼女らにとって一のお友だちであり、彼女らを教育し彼女らから必要とされてる、ずっと自由な老練な一種の堕落した女中であった。彼女らは彼にたいして少しも気兼ねをしなかった。そしてプシュケーの燈火を手にしては自分らに好き勝手なことをさせるこの赤裸な両性の男を、物珍しげに研究していた。
繊細な性質をもち生命の堕落的な磨損《まそん》からのがれようとの感心な願いをもってるらしい、コレットのような若い娘が、どうしてかかる連中といっしょになるのを喜ぶことができるのか、クリストフには了解がいかなかった。……クリストフは少しも人の心理に通じていなかった。リュシアン・レヴィー・クールの方がはるかによく通じていた。クリストフはコレットの信頼者であったが、コレットはリュシアン・レヴィー・クールの信頼者であった。すなわち彼女はレヴィー・クールにたいして大なる優越をもっていた。自分より弱い男を相手にしてると思うことは、女にとっては気持のいいことである。女はそこに二つのものを同時にみずから満足させる、自分のうちにあるよくないものと、よい方のものすなわち母性的本能とを。リュシアン・レヴィー・クールはそれをよく知っていた。女の心を動かす最も確実な方法の一つは、この秘密な急所を突くことである。その上にコレットは、あまり自慢にもしていないがしかししりぞけようともしていない種々の本能をもっていて、自分を弱々しくまたかなり卑怯《ひきょう》に感じていた。それで、親しい男の厚かましく組み立てられた告白を聞いて、他人も自分と同様であると考え、人間的性質はそのままに容認するがいいと考えるのは、彼女にとってうれしいことだった。すると彼女は、自分に快い性癖と戦わないで満足して、こうあるのが当然だと勝手な理屈をつけ、どうにもできない――(悲しいかな!)――ことにたいしては、反抗しないで寛大であるのがすなわち賢明なやり方だと、勝手に考えた。それこそ、実行に少しも困難でない賢明なやり方であった。
清朗な心で人生をながめ得る者にとっては、社会の胸の中に、皮相な文明の極度の精練と深い動物性との間に、常に存在する矛盾は、大なる興味を含んでるものである。化石や化石された魂などでいっぱいになっていないあらゆる客間は、あたかも二つの地層のように、たがいにつみ重ねられた二層の会話を現わしている。その一つは――皆が耳にしてるもので――知能のうちにある。他の一つは――あまり人に気づかれはしないが、しかし最も大きなもので――本能のうちに、動物性のうちにある。それら二つの会話は、しばしばたがいに撞着《どうちゃく》する。精神が慣習の通貨をたがいにかわしてる一方に、肉体は欲望や怨恨《えんこん》を口にし、あるいはさらに多く、好奇や倦怠《けんたい》や嫌悪《けんお》を口にしている。その動物性は、幾世紀もの文明によって馴養《じゅんよう》され、檻《おり》の中のみじめな獅子《しし》ほどに愚鈍にされてはいるが、それでもやはり餌食《えじき》にあこがれている。
しかしクリストフは、年齢と情熱の死滅とのみがもたらしてくれる公平無私な心境には、まだ到達していなかった。彼はコレットの相談者たる役目を、ごく真面目《まじめ》に取ってしまった。彼女は彼に助けを求めたのだったし、彼は彼女が軽率にも危険に身をさらしてるのを見て取った。それで彼はもはや、リュシアン・レヴィー・クールにたいして敵意を隠さなかった。レヴィー・クールの方では最初、クリストフにたいして、完璧《かんぺき》なしかも皮肉な礼節の態度を取っていた。彼もまた敵の様子を探っていた。しかし、恐るべき敵ではないと判断して、それとなく馬鹿にしていた。彼はクリストフから感心されさえすれば、心よく折り合ってゆけるのであった。しかしそれはできない相談だった。彼もよくそれを感じた。なぜならクリストフは考えを隠す術《すべ》を知らなかったから。そこでリュシアン・レヴィー・クールは、単に思想上の抽象的な対抗から、注意深く鉾先《ほこさき》を隠した対人間的な戦いへ、それとなく移っていった。コレットがそ
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