の意味において熱狂的だった。彼らは熱狂的であるという快楽のために熱狂的になってるがようだった。

 ある晩彼は、ストゥヴァン家の客間で時々出会ったことのある、社会主義の一代議士と話を交えることになった。彼はすでにこの男と言葉をかわしたことはあったが、その肩書は少しも知らなかった。これまで二人は音楽のことを話したにすぎなかった。彼はこの社交界の男が過激な党派の一首領だときいて、たいへん驚かされた。
 このアシル・ルーサンは好男子であって、金褐色《きんかっしょく》の髯《ひげ》、喉《のど》にかかった言葉つき、つやつやした顔色、懇切な物腰、卑俗な素質を含んでるある種の高雅さ、時々|仄《ほの》見える朴訥《ぼくとつ》な身振り、すなわち、人前で爪《つめ》をみがくやり方、人に話しかける時にはいつも、相手の服をつかんだり手を握ったり腕をたたいたりする、ごく平民的な習慣、――それに、大食家で、大酒家で、道楽者で、笑い好きで、権力を得んとて突進する一平民に見るような貪欲《どんよく》をそなえていた。また円転滑脱で、環境と相手とに従って様子を変えるのが巧みで、もっともらしい様子でよくしゃべり、聞き上手《じょうず》で、人の言うことにすぐ同化した。そのうえ、よく物に同感し、怜悧《れいり》であって、生来の趣味と後天的趣味と虚栄心とから、何物にも興味をもった。そしてかなり正直だった、自分の利害に衝突しないくらいの程度において、また正直でないことが危険であるような場合に応じて。
 彼の細君はかなりきれいだった。背が高く、格好がよく、骨格が丈夫で、身体つきもすらりとしていて、きっちり合った華美な服装は、肉体の強健な円《まる》みをとくによく示していた。縮れた黒髪に縁取られた顔、大きな黒い厚ぼったい眼、とがり気味の頤《あご》、そして、実は太いけれど見たところかなりほっそりとした顔つきは、ただ瞬《またた》きがちな近視の眼とつぼめた口の動きで、少し損ぜられてるのみだった。ある小鳥のようなわざとらしい落ち着きのない態度と、愛嬌《あいきょう》を装《よそお》ってはいるが淑《しと》やかさと親愛さとに富んだ話し方をそなえていた。中流の富裕な商家の生まれで、自由な精神と徳操とを有し、宗教にでも執着するような調子で、世間的な無数の仕事に執着していた。芸術的な社会的な仕事をももちろん引き受けていた。一つの客間《サロン》を作ること、通俗大学にも芸術を普及させること、博愛的事業や児童心理学などに従事すること――それも大した熱心や深い興味をもってではなく――たえずある学科を暗誦《あんしょう》せんとし自分の知識を自負してる教育ある若い女に見るような、無邪気な衒学《げんがく》心、それからまた、生来の温良な性質、気取りたい性質、などが入り交った心持をもってであった。彼女はただ何かをしないではおれなかった。しかし自分のしてる事に興味をもつ必要はなかった。いつも指先に編み物をもてあそんでしきりなしに針を動かし、あたかも世界の安危はその用もない仕事にかかってるとでもいうようなふうをしてる婦人が、世にはよくあるものだが、ちょうどそういう熱中的な仕事ぶりに彼女のも似ていた。そしてまた彼女のうちには――「編み物をする女」と同じく――自分を手本として他の女に教えをたれる、正直な婦人の小さな虚栄心があった。
 代議士は彼女にたいして温《あたた》かい軽蔑《けいべつ》心をいだいていた。彼が彼女を妻に選んだのは、彼の快楽と安静とに好都合だった。彼女は美しかった。彼はその美を享楽して、それ以外は何にも彼女に求めなかった。彼女も彼にそれ以上を求めなかった。彼は彼女を愛し、しかも彼女を欺いていた。彼女は自分の分け前さえ得れば、そんなことには平気だった。おそらくある種の興味を見出してさえいたのだろう。彼女は冷静で肉感的であった。妾嬖《めかけ》の心ばえをそなえていた。
 彼らには四、五歳になるきれいな児《こ》が二人あった。そして彼女は、夫の政治や流行および芸術の最近の傾向などに気をつけるのと、同じかわいい冷やかな勉励さで、家庭の賢母として子どもの世話をしていた。そういう中にあって彼女は、進んだ理論や極度に頽廃《たいはい》的な芸術や世態の動揺や市民的感情などの、最も不思議な混和体を形造っていた。
 彼らはクリストフを自宅に招待した。ルーサン夫人はりっぱな音楽家で、みごとにピアノをひいた。微妙な確実な手をもっていた。小さな頭を振りたてて鍵《キー》を見つめ、鍵の上に両手を躍《おど》らしながら、牝鶏《めんどり》がくちばしで物を突っついてるような様子だった。音楽にかけて多くのフランス婦人よりも天分に富み教養が深くはあったが、もとよりその深い意味にはまったく無関心だった。音楽は彼女にとって、音と律動《リズム》と調子との連続であって、彼女はそれ
前へ 次へ
全97ページ中60ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング