少あるはずです。」
「あるにはありますわ。私の知ってる人にもありますわ。でも皆|厭《いや》な人ばかりですもの。……それに、ほんとのことを言いますと、自分の生きてる世界が私には不快なのです。けれども今ではもう、この世界を離れて生きられようとは私には思われません。習慣になってしまったのです。ある種の安楽と、それから、もちろん金では買えませんがしかし金がなければ得られない、贅沢《ぜいたく》と社交とのある精練さが、私には必要なのです。それがほんとうに輝かしいものでないことは、私も知っています。しかし私は自分自身をよく知っています。私は弱いんです。……ねえどうぞ、自分のつまらない卑怯《ひきょう》さを私がうち明けたからって、私から離れないでくださいね。私の言うことを快く聴いてくださいね。あなたと話すことはどんなにか私のためになるでしょう! あなたは強くて健全な方だと、私は感じていますの。あなたにすっかり信頼していますわ。少しは私の友だちにもなってくださいな、ねえ。」
「私も望むところです。」とクリストフは言った。「しかし私に何ができましょう?」
「私の言うことを聴いて、私に諭《さと》して、私に力をつけてください。私はむちゃくちゃになることがよくありますの。するともうどうしていいかわからなくなります。『争ったって何になろう? 苦しんだって何になろう? あれだってこれだって同じことだ。だれだって構わない、なんだって構わない!』と自分で考えます。ほんとに恐ろしい心ですわ。そんな心になりたくありません。私を助けてください、助けてくださいね!」
 彼女はがっかりしたふうで、十歳も老《ふ》けたように見えた。従順な懇願的なやさしい眼で、クリストフをながめていた。彼は向こうの望みどおりにすべて誓ってやった。すると彼女は元気づき、笑《え》みを浮かべ、また快活になった。
 そして晩には、彼女はいつものとおりに、笑ったりふざけたりしていた。

 その日以来、二人はきまって親しい話をした。室には二人きりだった。彼女はなんでも思うまま彼へうち明けた。彼はそれを理解して助言してやるのに、たいへん苦心した。彼女はその助言に耳を傾け、場合によっては、ごくおとなしい小娘のように、叱責《しっせき》を真面目《まじめ》くさって注意深く聞いた。それは彼女にとって、憂《うさ》晴らしでもあり、面白くもあり、支持でさえもあった。彼女は感動した媚《こ》びある流し目で、彼に感謝した。――しかし彼女の生活は、少しも変化しなかった。ただ一つの気晴らしがふえたにすぎなかった。
 彼女の一日は転身の連続だった。非常に遅《おそ》く午《ひる》ごろに起き上がった。不眠症にかかっていて、明け方にならなければ眠れないのだった。昼間は何にもしなかった。一つの詩句、一つの思想、思想の断片、会話の思い出、一つの楽句、自分の気に入った面影、などをとり留めもなく心にくり返した。ほんとうに気分がはっきりしてくるのは、午後の四時か五時ごろからであった。それまでは、眼瞼《まぶた》が重く、顔がむくんで、不機嫌《ふきげん》そうな眠そうな様子をしていた。そして幾人かの親しい友だちが来ると、彼女は初めて元気になった。その友だちらも皆、彼女と同様に饒舌《じょうぜつ》で、彼女と同様にパリーの噂話《うわさばなし》を聞きたがっていた。皆はいっしょになって、際限もなく恋愛を論じた。恋愛の心理、それこそ、化粧や秘密事や悪口などとともに、いつも変わらぬ話題だった。彼女の周囲にはまた、隙《ひま》な青年連中が集まっていた。彼らは日に二、三時間は、女の裳衣《しょうい》の間で過ごさなければ承知しなかったし、裳衣《しょうい》をつけることさえできそうだった、なぜなら、娘らしい魂と話し方とをそなえていたから。クリストフに割り当てられた時間もあった。それは聴罪師の時間だった。コレットはただちに、真面目《まじめ》な考え込んだふうになった。彼女はあたかも、ボドレーが語ってる、懺悔《ざんげ》室における若きフランス婦人のようであった。「その述べたてる事柄は、冷静に準備された問題であって、簡明な整頓《せいとん》と明晰《めいせき》との模範とも称せられるほどで、言わなければならないすべてのことが、正しい順序に配列され、はっきりした種類に区分されていた。」――そのあとで、彼女は前よりもいっそうはしゃいでいた。日が暮れてゆくに従って、ますます若々しくなった。晩には芝居へ行った。いつも変わらぬ同じ顔をそこに見出すのが、いつも変わらぬ楽しみだった。――楽しみ、それは演ぜられてる芝居から受けるのではなくて、よく知ってる癖をまた見て取られる馴染《なじ》みの役者から受けるのであった。また、桟敷《さじき》に会いに来る人たちと、向こう桟敷にいる人々の悪口や、女優らの悪口をかわした。生娘《きむ
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