た居間の中にとじこもり、孤独の苦しみにひざまずいて祈る様子を、もしあなたが御覧なすったら!……」
「そんなこともあるんですか。」とクリストフはあきれたように言った。「え、苦しむことが、そんなに苦しむことが?」
 コレットは答えなかった。しかし彼女の眼には涙が出て来た。彼女は微笑《ほほえ》もうとした。そしてクリストフに手を差し出した。彼は心を動かされてその手をとった。
「かわいそうに!」と彼は言った。「苦しいんなら、そんな生活から脱するために、なぜ何にもしないんです?」
「どうせよとおっしゃるのですか。どうにも仕方ないじゃありませんか。あなたがた男の方は、のがれることもできますし、なんでも勝手なことがおできになります。けれども私たちは、社交上の務めと楽しみの範囲内に、永久に閉じこめられています。それから出ることができません。」
「われわれ同様にあなたがたが自分を解放することを、だれが妨げるものですか。あなたがたが自分の好きな仕事をして、われわれのように独立できる仕事をするのを、だれが妨げるものですか。」
「あなたがたのようにですって? まあ、クラフトさん! あなたがたの仕事だって大して独立の助けになってはしませんわ。……でも、少なくともあなたがたは仕事を喜んでいらっしゃるんでしょう。ところが私たちは、どんな仕事に適してるんでしょうか? 気に入る仕事は一つだってありませんもの。
 ――そうですわ。私はよく知っています、私たちは今のところ何事にでも関係し、自分に無関係な多くの事柄に興味をもってるようなふうをしています。それほど何かに興味をもちたがっています。私だって同じですわ。救済事業に関係し、慈善会に関係しています。ソルボンヌ大学の講義、ベルグソンやジュール・ルメートルの講演、歴史協会、古典研究会、いろんなものに出ては、ノートばかり取っています……何を書いてるのか自分にもわかりません……そして無理にも、たいへん面白いと思い込もうとしたり、少なくとも有益だと思い込もうとしています。でも、その反対だということを私はよく知っています。そんなものは私にはどうでもいいことなんです。ほんとに退屈でたまりません!……ありふれた考えをそのまま言ってるきりだというので、私をまた軽蔑《けいべつ》なすってはいけませんよ。そりゃ私もやはり馬鹿ですわ。けれど、哲学だの歴史だの科学だのが、私になんの役にたつでしょう? 芸術についても――御承知のとおり――私はピアノをたたいたり、つまらないものを書き散らしたり、きたならしい水彩画をかいたりしています――でもそれで生活が充実するでしょうか? 私たちの生活には一つの目的があるばかりです、結婚という目的が。けれども、あなたと同じように私にもよくわかってる、あんな人たちのだれかと結婚するのが、愉快なことでしょうか? 私はあの人たちのありのままの姿を見て取っています。いつでも幻を描くことのできるドイツのグレートヘンたちのようには、私はなることができないのです。……恐ろしいことではありませんか、結婚した女たちや、その結婚の相手の男たちを、自分の周囲にながめて、自分もやがては同じようなことをし、身体や精神をゆがめ、その人たちのように平凡になってしまうのかと、考えてみますのは!……そんな生活やその義務などを甘受するには、確かに克己の精神が必要ですわ。ところがどんな女にもそれができるというわけにはゆきません。……そして時は過ぎてゆき、年は流れ去り、青春は去ってしまいます。それでも、美しいもの、善良なものが、私たちのうちにはあったんですのに――それさえもう、なんの役にもたたず、日に日に死んでゆき、馬鹿な人たちに、人に軽蔑《けいべつ》されまた私たちを軽蔑するような人たちに、我慢して与えてしまわなければならないでしょう。……そしてだれも私たちを理解してはくれません。女は男にとって謎《なぞ》だと言われるかもしれません。そして、私たちをつまらないおかしなものだと思うのも、男の方にはまだ許せます。けれども女の人は私たちを理解してくれてもいい訳です。自分でも私たちと同じだったことがあるんですもの。ただ昔のことを思いだすだけで足りるんですわ。……それなのにまるっきり駄目なんです。少しも力になってはくれません。母親でさえも私たちのことを知りません。ほんとうに私たちを知ろうともつとめません。ただ私たちを結婚させようとばかりしています。その他のことは、生きようと死のうと、勝手にするがいいというのです。社会は私たちをまったくうっちゃっておくのです。」
「力を落としてはいけません。」とクリストフは言った。「人は各自に人生の経験をやり直さなければなりません。勇気があれば万事うまくゆきます。あなたの世界以外に捜してごらんなさい。フランスにはまだりっぱな人が多
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