っていながら、口に出すのを決しかねてるらしかった。クリストフは珍しげに、透き通った皮膚の下に小さな戦《おのの》きの過ぎるのが見えている、その変わりやすい顔を見守《みまも》った。客間の中にいる周囲の人々、ただ首の延長であり肉体の一片である、どっしりした顔、重々しい物体、それとは本質的に異なってるように思われた。魂が顔の表面に現われていた。各肉片のうちに精神生活がこもっていた。
 青年はどうしても口がきけなかった。クリストフは淡白に言いつづけた。
「あなたはここで、こんな人たちの中で、どうしようというんですか。」
 彼は人からきらわれるほどのなみはずれた自由さで、声高に口をきいた。青年は困って、人に聞かれはすまいかと、あたりを見回さずにはいられなかった。その素振りがクリストフの気に入らなかった。青年はそれから、答える代わりに、おとなしいへまな微笑を浮かべて尋ねた。
「ではあなたは?」
 クリストフは笑い出した。多少重々しい例の笑い方だった。
「そうですね、僕は……。」と彼は快活に言った。
 青年は突然決心した。
「僕はほんとにあなたの音楽が好きです!」と喉《のど》がつまった声で言った。
 それから彼は自分の臆病《おくびょう》さに打ち勝つためにふたたび無駄《むだ》な努力をしながら、口をつぐんだ。顔を赤らめていた。それをみずから感じていた。そのためにいっそう赤くなって、顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》や耳まで真赤《まっか》になった。クリストフは微笑《ほほえ》みながら彼をながめて、抱擁してやりたくなった。青年は彼の方へがっかりした眼を挙げた。
「いえまったく、」と彼は言った、「どうしても……それが言えません……ここでは……。」
 クリストフは大きな口をきっと結んで無言の笑《え》みを浮かべながら、この未知の青年の手をとった。その痩《や》せた指先が掌《たなごころ》で軽く震えて、無意識な愛情で握りしめてくるのを、彼は感じた。青年の方では、クリストフの頑丈《がんじょう》な手が心をこめて、自分の手を握りつぶしそうにしてるのを感じた。客間の騒々しさは二人のまわりから消え失《う》せた。彼らはただ二人きりの心地がし、たがいに友であることを知った。
 それはちょっとの間だった。すぐにルーサン夫人が、クリストフの腕に扇で軽く触《さわ》りながら、彼に言った。
「あなた方はもう
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