近づきになりましたね。御紹介するにも及びませんでしょう。この人は今晩あなたのためにいらしたんですよ。」
すると二人は、ちょっと気兼ねをしてたがいに離れた。
クリストフはルーサン夫人に尋ねた。
「どういう人ですか。」
「まあ!」と彼女は言った、「あなたは御存じないんですか。きれいな詩を書かれる青年詩人ですよ。あなたの崇拝者の一人ですよ。りっぱな音楽家で、ピアノがお上手《じょうず》です。あの人の前では、あなたのことを批評はできません。あなたに惚《ほ》れこんでるのですから。このあいだも、あなたのことで、リュシアン・レヴィー・クールと喧嘩《けんか》になりかかったのですよ。」
「ああそれはありがたい!」とクリストフは言った。
「でも、そのリュシアンさんにたいしてはあなたの方が悪いんですよ。あの人もやはりあなたを好きですもの。」
「そんなことがあるものですか。たまらないことです。」
「確かですよ。」
「いえ、決して決して! 私は好きになってもらいたくはありません。」
「ちょうどあなたの崇拝者と同じことをおっしゃるのね。あなた方はどちらも狂人同士ね。その時は、リュシアンがあなたのある作品を説明していました。すると今お会いなすったあの恥ずかしがりやさんが、震えるほど怒《おこ》りながら立ち上がって、あなたのことを口にしてはいけないと言い出したのです。大した意気込みじゃありませんか! おりよく私が居合わしていました。思い切って笑ってやりますと、リュシアンも私の真似《まね》をしたのです。相手は困って黙り込んで、とうとうあやまりましたわ。」
「気の毒に!」とクリストフは言った。
彼は感動していた。
「どこへ行ったんでしょう?」と彼はつづけて言いながら、他のことを話しかけるルーサン夫人へは耳も貸さなかった。
彼は青年を捜し始めた。しかしその友は姿を隠していた。クリストフはルーサン夫人の方へもどってきた。
「なんという名前ですか教えてください。」
「どなた?」と彼女は尋ねた。
「今のお話の人です。」
「あなたの若い詩人の方《かた》ですか。」と彼女は言った。「オリヴィエ・ジャンナンというんですよ。」
その名前の反響は、クリストフの耳へは、よく知ってる音楽のように響いた。一人の若い女の影が、彼の眼の底にちょっと浮かんだ。しかし新しい面影が、友の面影が、すぐにそれを消してしまった。
ク
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