した脹《ふく》れ顔の金髪を乱した娘が、神経質な素気《そっけ》ない山羊《やぎ》のような小足でそばを通りかかると、クリストフは彼女をもう一、二時間も多く眠らせるためには、自分の一か月分の生活費を与えても惜しくはない気がした。もしそれを申し込まれたら彼女は厭《いや》とは言わないだろう! 退屈げに安逸を享楽している閑《ひま》な金持ちの婦人らを、まだこの時間にはぴったり閉《し》まってるその室から追い出して、その代わりに、その臥床《ねどこ》に、その休息の生活に、これらの溌剌《はつらつ》としたしかも疲れてる小さな身体を、鈍らず満ち足らずしかも生きることに活発|貪欲《どんよく》なこれらの魂を、置いてみたらと彼は考えた。今や彼は、彼女らにたいする寛大な心で胸がいっぱいになるのを感じた。その快活なしかも疲れたかわいい顔つきに微笑《ほほえ》んだ。彼女らのうちには、狡猾《こうかつ》さと率直さとがあり、快楽にたいする厚かましい素朴《そぼく》な欲求があり、そして底には、正直勤勉な善良な小さい魂があるのだった。そのうちのある者らが、臆面《おくめん》もない眼つきをしたこの大子供《おおこども》たる彼をたがいにさし示しながら、鼻先であざけったりたがいに肱《ひじ》でつつき合ったりしても、彼は腹をたてなかった。
 彼はまた河岸通りを夢想にふけりながらよくぶらついた。それは彼が大好きな散歩だった。幼年時代を守《も》りしてくれた大河にたいする郷愁が、その散歩で多少和らげられた。ああそれはもちろん、かの父なるライン[#「父なるライン」に傍点]河ではなかった。かの全能的な力は少しもなかった。精神が翔《かけ》り回って迷い込むような、広い地平線や広漠《こうばく》たる平野は少しもなかった。灰色の眼をし、褪緑《たいりょく》色の衣をつけ、繊細なきっぱりした顔つきの河であった。都市の華麗でしかも簡素な衣裳をまとい、多くの橋の腕輪をはめ、多くの記念塔の頸輪《くびわ》をつけ、悧発《りはつ》げな無頓着《むとんじゃく》さで伸びをして、またそぞろ歩きの美人のように、自分の美しさに微笑《ほほえ》んでいる、身こなし嫋《たおや》かな優美な河であった。……そのあたりの、パリーの麗わしい光よ! それこそ、クリストフがこの都会で愛した第一のものだった。それは静かに静かに彼のうちに沁《し》み通った。彼がみずから気づかぬまに彼の心を少しずつ変化さした
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