いっしょにいると、いちばんルイザの近くにいるような気がした。時とすると、芸術家としての苦悶《くもん》を少し打ち明けることもあった。彼女はそういう知的な悲しみには多少の皮肉を示しながらも、やさしい憐《あわ》れみを寄せてくれた。それがまた母親を思い出させて、彼にはうれしかった。
彼は彼女の打ち明け話を引き出そうとつとめた。しかし彼女は彼ほど打ち解けなかった。彼は冗談に、結婚するつもりはないかと尋ねてみた。彼女はいつもの冷笑的な諦《あきら》めの調子で答えた。――「そんなことは召使の身分には許されていない。事がめんどうになるばかりである。それにまた、いい相手を選ばなければならない。それが容易なことではない。男というものはきわめて性質《たち》が悪い。金をもってると言い寄ってきて、食いつぶしてしまう。そのあとでは放り出す。まわりにそういう例はたくさん見てきた。そんな目に会いたくはない。」――彼女はかつて結婚に失敗したことがあるのを話さなかった。彼女の約束の男は、彼女が稼《かせ》ぎ高をすっかり家の者らに与えてるのを見ると、彼女を捨ててしまったのだった。――クリストフは、同じ建物に住んでるある家族の子どもたちと中庭で、彼女が母親らしく遊んでるのをよく見かけた。その子どもたちだけに階段で出会うと、彼女は彼らを熱く抱擁することもあった。クリストフは彼女を、知り合いの上《かみ》さんのだれかの地位に置いて想像してみた。彼女は決して馬鹿《ばか》ではなかった。他の上さんたちより醜くもなかった。上さんとなったら彼女の方がまさってるかもしれない、と彼は考えた。だれにも気づかれずに埋もれている、かくも大なる生の力! それに引きかえ、地上をふさぎ、他人の地位と幸福とを奪い、日の光に当たってる、あれら死人同様の者ども!……
クリストフは疑懼《ぎく》しなかった。彼女にたいしてごく懇切であり、あまりに懇切すぎた。大きな坊《ぼっ》ちゃんとして甘ったれていた。
シドニーはあるころ、がっかりした様子をしていた。しかし彼は、それを勤労のせいだと思った。ある時などは、話の最中に彼女は突然立ち上がって、仕事を口実にクリストフのところを去った。ついにある日、クリストフが平素よりなおいっそうの信頼を示すと、それからしばらく彼女は来るのを中止した。またやって来た時には、もう遠慮がちにしか口をきかなかった。なんで彼女の気
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