な正直さを見て驚いた。それは道徳の事柄ではなかった。本能と矜持《きょうじ》との事柄だった。彼女は貴族的な自尊心をもっていた。民衆とは平民のことであると信ずるのは、愚かの至りである。中流階級にも賤民《せんみん》の魂があると同じく、民衆にも貴族がある。他人よりも純潔な本能を、おそらくは血潮を、もっていて、それをみずから知り、自分の真価を意識し、頽廃《たいはい》しないという衿持をもっている人々こそ、貴族というべきである。彼らは少数者である。しかし、たとい彼らは孤立していても、彼らこそ第一人者であることはよくわかる。そして彼らがその場にいるだけでも、他の人々にとっては一つの抑制となる。他の人々は、彼らを模範としあるいは彼らの真似《まね》をすることを、おのずから強《し》いられる。いずれの地方も、いずれの村も、人間のいかなる集団も、ある程度までは、その貴族と同じ性質を帯びる。その貴族らの性質に従って、ある所では世論がきわめて厳格であり、ある所では弛緩《しかん》している。現今のごとき多数者の無秩序な跋扈《ばっこ》も、黙々たる少数者の恒久《こうきゅう》的権威を、なんら変じはしないであろう。彼ら少数者にとってさらに危険なのは、彼らが故郷の地から根こぎにされることであり、遠く大都市の中に散乱させられることである。しかし、かく異境に散り失《う》せ、たがいに孤立していても、よき人種の個性は存続して、周囲のものと交混することがないのだ。――クリストフがパリーで見たような事柄を、シドニーはほとんど知らなかったし、知ろうとも欲しなかった。感傷的で不潔な新聞文学は、政治上の消息と同様に彼女のもとまでは達しなかった。彼女は通俗大学の存在をさえも知らなかった。もし知っていたとしても彼女はおそらく、説教を聴《き》きに行くくらいのこととしか思わなかったろう。彼女は自分の職務を行ない、自分の思想を頭に置いていた。あくせくして他人の思想を考えはしなかった。クリストフはそれを彼女にほめてやった。
「何も不思議がることはありませんよ。」と彼女は言った。「私ばかりでなく皆《みんな》そうです。あなたはフランス人を御覧なさらなかったんでしょう。」
「いや、もう一年間も僕もフランス人の間に住んでいる。」とクリストフは言った。「そして、楽しむことや楽しんでる人の真似《まね》をすること以外に、何かを考えてるように見えるフラン
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