トフは想像した。しかしある日彼女は、自分より金持ちで仕合わせな人たちについて言った。
「つまるところだれでも皆、あとには同じになります。」
「いつのこと?」と彼は尋ねた。「社会上の革命のあとですか。」
「革命ですって?」と彼女は言った。「それこそ紺屋の明後日《あさって》です。私はそんなばかばかしいことは信じません。いつだって同じことですよ。」
「では、いつ皆が同じようになるんです?」
「もちろん死んでからですわ。だれでも消えてしまいます。」
 彼はその冷静な唯物主義にすこぶる驚いた。があえて次のようには言い得なかった。
 ――それでは、人は一つの生活しかもたないとして、その生活が君の生活のようであるのに、他には幸福な人がいくらもいるということは、恐ろしいことではないですか。
 しかし彼女は、彼のそういう考えを察したらしかった。あきらめた多少皮肉な沈着さで言いつづけた。
「我慢するよりほかはありません。皆が当たり籤《くじ》を引けるわけではないから。はずれた者は仕方がないんですよ。」
 彼女はフランス以外の地に(たとえば、アメリカから申し込みがあったように)もっと収入の多い地位を求めようとも考えていなかった。国を離れるという考えは、彼女の頭にはいることができなかった。彼女は言っていた。
「どこへ行っても石は堅いものです。」
 彼女のうちには懐疑的な冷笑的な宿命観の素質があった。信念をあまりもたず、あるいはまったくもたず、生存の知的理由をあまりもたず、しかも根強い生活力をもってる人種――さほど生を愛してはいないが、しかも生にかじりついて、勇気を維持するために人為的な鼓舞を必要とせず、勤勉で冷静で、不満でしかも従順な、フランスの田舎《いなか》者、その仲間で彼女はあった。
 そのことをまだよく知らなかったクリストフは、この単純な女のうちに、なんらの信条にも偏しない心を見出して驚いた。彼女が楽しみも目的もなしにただ生に執着してることを、彼は驚嘆し、何物にも頼らない彼女の頑強《がんきょう》な道徳心を、ことに驚嘆した。彼がこれまでフランスの民衆を見たのは、自然主義の小説や現代の小文士の理論などを通してであった。それらの小文士は、牧歌時代や革命時代の人々と反対に、自分自身の悪徳を正当化せんがために、自然の人間を不徳なる動物と見なしがちであった……。ところがクリストフは、シドニーの一徹
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