もなかった。他の召使たちを野卑で不品行だと軽蔑《けいべつ》しがちだったので、それといっしょに話をすることもなかった。遊びにも行かなかった。彼女は生来|真面目《まじめ》で倹約だった。悪い交際を恐れていた。台所か居間かにすわりきりだった。居間からは煙筒《えんとう》越しに、病院の庭の木の梢《こずえ》が見えた。書物を読むでもなく、働こうとばかりした。頭がぼんやりし、退屈し、退屈のあまりに涙を流した。やたらに泣くという独特の才能をもっていた。泣くのが楽しみだった。しかしあまりに退屈すると、もう泣くこともできなかった。生き心地も失って凍えきったようになった。次にははっと元気を振るい起こすか、自然に元気がよみがえってくるかした。妹のことを考えたり、柄《ハンドル》オルガンの遠い音を聞いたり、夢想にふけったり、あるいは、これこれの仕事を仕上げるには、これだけの金を儲《もう》けるには、幾日くらいかかるかと長い間勘定した。その勘定を間違えてはまたやり直した。よく眠った。日々が過ぎていった……。
 それらのひどい意気消沈の合い間合い間には、子供らしい嘲笑《ちょうしょう》的な快活さが起こってきた。他人をあざけり自分自身をあざけった。主人たちの方へ批評の眼を向けないでもなかった、彼らの閑《ひま》な生活から生ずる種々の気苦労、夫人の気病みや憂鬱《ゆううつ》、すぐれた人間だと自称してる彼らのいわゆる業務、ある書面や楽曲や詩集などに彼らが覚えてる興味など。彼女の見識は多少粗雑ではあったが、ごくパリー式な婢僕《ひぼく》の軽薄さと、自分にわからないものしか賞賛しないごく田舎《いなか》式な婢僕の深い愚蒙《ぐもう》さとから、離れていたので、その明識でもって彼女は、遊戯的な音楽やつまらぬ饒舌《じょうぜつ》など、この虚偽な生活中に大なる位置を占めている、知的な全然無用なそのうえ退屈なそれらの事柄にたいして、一種敬遠的な蔑視《べっし》をいだいていた。万事退屈のあまりこしらえ出されたと思われるその贅沢《ぜいたく》な生活の、空想的な種々な快楽や苦労に、自分が奮闘してる現実の生活を、ひそかに比較してみざるを得なかった。それでも別に反抗心は起こらなかった。世の中は万事そうしたものなのだ。彼女はすべてを、悪人をも馬鹿をも許していた。彼女は言っていた。
「世間は持ち寄りですよ。」
 彼女は宗教心で支持されているのだ、とクリス
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