呼吸する力もなく、うら寂しく頼りなくて……ただしきりに友の腕に身を投じたく……奇跡が願われ、奇跡が今にも起こるような気がする……それが実際に起こってくる! 金色の波が、薄暮の中に炎を発し、壁に反射し、瀕死《ひんし》の者を担《かつ》いでる男の肩に反射し、貧しい事物や凡庸《ぼんよう》な人々の上に広がって、すべてが温和になり聖なる栄光を帯びる。それこそまさしく神である。神はその恐ろしいまた優しい腕に抱きしめる、それらの弱い醜い貧しい汚《きたな》い惨《みじ》めな者たちを、靴《くつ》の踵《かかと》のすり切れた虱《しらみ》だらけの従僕を、重々しく窓に押しかけてる無格好なおびえてる顔つきの者どもを、恐怖にさいなまれて黙ってる呆《ぼ》けた人々を――レンブラントが描いてるその憐《あわ》れむべき人類を、束縛された暗い魂の群れを。彼らは何にも知らず、何にもできず、ただ待ち震え嘆き祈るのみである。――しかし主はそこにいる。姿は見えない。けれどもその円光と、人間の上に投射されている光明の影とが、眼に見える……。
クリストフはふらふらした足取りで、ルーヴル博物館から出た。頭が痛んでいた。もう何にも見えなかった。街路で雨に打たれながら、舗石の間の水|溜《た》まりにも靴からしたたる水にも、ほとんど気がつかなかった。セーヌ河の上には黄色っぽい空が、日暮れの光を受けて、内部の炎――ランプのような光で輝いていた。クリストフはある眼つきの幻覚を眼の中にもっていた。彼にとっては、何物も存在しないように思われた。そうだ、馬車もその無慈悲な響きで舗石を揺《ゆる》がしてはしなかった。通行人もその濡《ぬ》れた雨傘で彼に突き当たりはしなかった。彼は往来を歩いてるのではなかった。自分の室にすわり込んで夢想してるがようだった。もはや自分の身も存在しないがようだった。……と突然――(彼はそれほど弱っていたのだ)――眩暈《めまい》にとらえられて、前のめりにぱったり倒れる心地がした……。それはほんの束《つか》の間だった。彼は両の拳《こぶし》を握りしめ、足を踏みしめて、まっすぐに立ち直った。
ちょうどその瞬間に、彼の意識が深淵《しんえん》から浮かび上がってきた間ぎわに、彼の眼は街路の向こう側の一つの眼とぶつかった。彼がよく知ってる眼つきで、彼を呼んでるように見えた。彼ははっとして立ち止まり、どこで見たのかと考えた。とすぐに、
前へ
次へ
全194ページ中172ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング