と同化してしまった。時とすると、それらの一人がそれと気づいて、演奏のつづくかぎり、両者の間にひそやかな同感の情が結ばれることもあった。そういう同感の情は、心身の奥底まで沁《し》みとおるものではあるが、一度音楽会が終わって、魂と魂とを結合する交流が絶えると、もはや何もあとに残らないものである。それは、音楽を愛する人々が、ことに年若くて最も自分を投げ出し得る人々が、よく知っている精神状態である。音楽の本質はまさしく愛であって、他人のうちにそれを味わう時にしか完全には味わわれない。そして人は音楽会において、群衆のうちに、自分一人ではあまりに大きすぎる喜びを分かつべき、ある眼を、ある友を、本能的に捜し求める。
クリストフが、音楽の楽しみをよりよく味わうために選んだ、それら一時の友のうちに、彼をひきつける一つの顔があった。彼は音楽会ごとにそれを見かけた。小さな女工であって、音楽をなんらの理解なしにただ愛してるらしかった。かわいげのある横顔をしていて、軽くつき出た口とやさしい頤《あご》、それとほとんど同じ高さの小さなまっすぐな鼻、つり上がった細い眉《まゆ》、輝いてる眼、のんきなかわいい小娘の一人だった。そういう小娘の顔つきの下にこそ、無関心な平和に包まれてる喜びや笑いが、見て取られるものである。それらの不品行な娘たち、それらの悪戯《いたずら》な女工たちこそ、古代の彫像やラファエロの描いた女などに見えるような、今は見られない清朗な気分を、おそらくは最も多分に反映している。それは彼女らの生涯《しょうがい》中の一瞬にすぎないし、快楽の最初の眼覚《めざ》めにすぎなくて、凋落《ちょうらく》はほど近い。しかし彼女らは少なくとも、美《うる》わしい時を生きたのである。
クリストフは楽しんで彼女をながめた。そのやさしい顔つきが彼の心を喜ばした。彼は欲求なしに享楽し得た。そしてそこに、喜びや力や慰安を見出した――ほとんど貞節をさえ見出した。彼女も――言うまでもなく――彼から見られてることをすぐに気づいていた。そして二人の間には、知らず知らずのうちに、一種の磁気の流れができてきた。ほとんどすべての音楽会で、たいてい同じ場所で顔を合わしたので、間もなくたがいの趣味をも知り合った。ある楽節になると、意味ありげな眼つきをかわした。彼女はとくにある楽句を好む時には、唇《くちびる》をなめるかのように軽く舌
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