がってきた。メルキオルの墓の前で聞いたゴットフリートの古い言葉が、頭に浮かんできた。彼は、うごめいてる死人ら――見知らぬ自分の全民族――に満ちてる、生きた墳墓であった。彼はそれらの生命の群れに耳を傾け、あたかもダンテの森のように怪物に満ちたその古い森の、大オルガンの音をたてさせるのが楽しみだった。彼は今ではもうそれらの怪物を、少年時代のように恐《こわ》がりはしなかった。なぜなら、支配者が、彼の意志が、そこにあったから。彼は獣どもを咆哮《ほうこう》させるために、そして内心の動物園の豊富さをいっそうよく感ずるために、鞭《むち》を響かせて非常に喜んでいた。彼は孤独ではなかった。孤独になるの恐れはさらになかった。自分一人だけで全軍隊であり、快活健全なクラフト家の数世紀であった。敵たるパリーにたいして、一民衆にたいして、こちらも一の民衆だった。争闘は互角であった。
クリストフは、これまで住んでいた粗末な室――室代があまり高かった――を捨てて、モンルージュ町にある屋根裏の室を借りた。この室は他になんの取り柄もなかったが、ただきわめて風通しがよかった。たえず空気が流れ込んできた。ちょうど彼には、深く空気を呼吸することが必要だったのである。その窓からは、パリーの立ち並んだ煙突がずっと見渡せた。移転は手間取らなかった。荷車一つで十分だった。クリストフはみずからその荷車をひいた。道具の中で彼にとって最も貴重なのは、古いかばんとベートーヴェンの面型《マスク》とであった。この面型《マスク》は、その後世に広まった鋳物の一つだったが、彼はそれを、最も高価な美術品ででもあるかのように、ごくていねいに包み上げていた。手元から少しも離さなかった。それは彼にとって、パリーの大洋中における小島であった。また、精神上の晴雨計でもあった。彼の魂の天候を、彼のごくひそかな思想を、彼がみずから意識してる以上にはっきりと示してくれた。あるいは雲に閉ざされた空を、あるいは熱情の突風を、あるいは力強い静穏を示してくれた。
彼は食物を非常に節約しなければならなかった。日に一回、午後一時に食事をすることにした。大きな腸詰《ちょうづめ》を買って窓につるしておいた。その厚ぼったい肉片、堅い一片のパン、手製のコーヒー一杯、それだけで彼は山海の珍味とした。しかしそれを二人分も食べたかった。彼は自分の貪食《どんしょく》に腹が
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