弱のいらいらしたパリー婦人の間に交ってこの都会に住んでると、妙に居心地が悪かった。あえて口には出さなかったが、周囲の人々をかなり正確に判断してしまった。しかし彼女はその父と同様に、温良さや謙譲さや自信の不足などによって、臆病《おくびょう》で気が弱かった。主権的な叔母《おば》と圧制を事とする従姉《いとこ》とから、支配されるままになっていた。年老いた父へやさしい長い手紙を几帳面《きちょうめん》に書き送ってはいたが、あえてこうは書き得なかった。
「どうぞ私を連れ帰ってくださいませ!」
そして老いた父も、連れ帰ることを望んではいたがあえてなし得なかった。なぜなら、ストゥヴァン夫人は彼のおずおずした申し出にたいして、グラチアは当地にいてたいへんいいとか、彼といっしょにいない方がはるかにいいとか、彼女の教育のためにまだ滞在していなければいけないなどと、すでに答え返してしまっていたから。
しかし、この南国の小さな魂には流離があまりに悲しくなり、光の方へ飛び帰らざるを得ない時が、ついに到来した。――それはクリストフの音楽会後であった。彼女はそこへストゥヴァン家の人たちとともに行っていた。そして、芸術家を侮辱して面白がってる群衆の嫌悪《けんお》すべき光景を見ることは、彼女にとっては非常に切ないことであった。……芸術家、それはグラチアの眼には、芸術それ自身の面影たる人であり、人生におけるすべて崇高なるものを具現してる人であった。彼女は泣き出したくなり、逃げ出したくなった。それでもぜひなく、喧騒《けんそう》や口笛や非難の声を終わりまで聞かされ、また叔母《おば》の家に帰ると、種々の悪口を聞かされ、リュシアン・レヴィー・クールと憐《あわ》れみの言葉をかわしてるコレットの、はれやかな笑い声を聞かされた。自分の室の中に、寝床の中に、彼女は逃げ込んで、一夜のなかばすすり泣いた。彼女は心でクリストフに話しかけ、彼を慰め、自分の命をも彼にささげたがり、彼を幸福ならしむるようなことが何もできないのを悲嘆した。それ以来彼女はパリーにとどまってることができなくなった。彼女は連れ帰ってくれるようにと父へ懇願した。彼女は書いた。
「私はもうここで暮らすことはできません、もうできませんわ。このうえ長く放っておかれると、私はきっと死んでしまいます。」
彼女の父はすぐにやって来た。そして、恐ろしい叔母に対抗する
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