ょう》的な愛情を示して、グラチアを自分のマントの中に入れてやろうとした。数週間前だったら、なつかしい従姉《いとこ》の胸に寄りすがるのは、グラチアにとってえも言えぬうれしさであるはずだったが、その時グラチアは、冷やかに遠のいた。それからまた、グラチアがひいてる楽曲を面白くないものだと思う由を、コレットが言ってきかしても、グラチアはやはりそれをひきつづけて、それを好んでいた。
彼女はもはや、クリストフにしか注意を向けてはいなかった。彼女は愛情から来る洞察力《どうさつりょく》をもっていて、彼が苦しんでる事柄を推測していた。そしてそれを不安な子どもらしい注意のためにたいへん誇張していた。クリストフがコレットにたいして気むずかしい友情をしかもっていない時にでも、クリストフは恋してるのだと彼女は信じた。彼は不幸であると彼女は考えた。そして彼女は彼のために不幸であった。この憐《あわ》れな少女は、その心尽くしの報いをほとんど受けなかった。コレットがクリストフを腹だたせると、彼女はその償いをしなければならなかった。彼は不機嫌《ふきげん》になって、演奏の誤りを短気に指摘しながら、小さな弟子《でし》に向かって意趣晴らしをするのであった。ある朝、コレットは彼をいつもよりひどく怒《おこ》らせた。すると彼はいかにも乱暴な様子でピアノについたので、グラチアはそのわずかな技倆《ぎりょう》をも失ってしまった。彼女はひき渋った。彼はその音符の間違いを怒って責めたてた。すると彼女はすっかりまごついた。彼は腹をたて、彼女の手を揺ぶり、こんなではいつまでたっても正しくひけはしないと叫び、料理か裁縫か勝手なものをやるのはいいが、しかしもう断じて音楽をやらないがいいと叫んだ。間違った音符を聞かして人を苦しめるには及ばない。そう言って彼は、稽古《けいこ》の中途で放り出して帰っていった。憐《あわ》れなグラチアは涙の限り泣いた。それは、右のような屈辱的な言葉にたいする悲しさからというよりも、いくら望んでもクリストフを喜ばせることができない悲しさからであり、自分の愚かさによって愛する人の苦しみをさらに増させる悲しさからであった。
クリストフがストゥヴァン家へ来るのをやめた時、彼女はさらにひどく悩んだ。故郷へ帰ってしまいたかった。この少女は、夢想においてまで健全であって、田園的な清朗な素質を失わないでいたので、神経衰
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