おぼね》の肉が軽く薔薇《ばら》色を帯び、頬がふっくらとして、田舎《いなか》娘のような健康をもち、やや反《そ》り返った小さな鼻、いつも半ば開いてる切れのいい大きな口、まっ白な円い頤《あご》、やさしく微笑《ほほえ》んでる静安な眼、長い細やかな房々《ふさふさ》した髪に縁取られてる円《まる》い額《ひたい》、そしてその髪は、縮れもせずにただ軽いゆるやかな波動をなして、顔にたれていた。静かな美しい眼つきをした、顔の大きな、アンドレア・デル・サルトの幼い聖母に似ていた。
 彼女はイタリーの者だった。両親はほとんど一年じゅう北部イタリーの田舎《いなか》の、大きな所有地に住んでいた。野原や牧場や小さな運河などがあった。屋上の平屋根からは、金色の葡萄《ぶどう》畑の波が足下に見おろせた。黒いとがった糸杉《いとすぎ》の姿がところどころにそびえていた。その向こうには畑がうちつづいていた。閑寂だった。地を耘《うな》ってる牛の鳴声や、犁《すき》を取ってる百姓の甲《かん》高い声が聞こえていた。

「シッ!……ダア、ダア、ダアー!……」
 蝉《せみ》が木の間で鳴いていた。蛙《かえる》が水のほとりに鳴いていた。そして夜には、銀の波をなした月光の下に、無限の静寂があった。遠くで、柴《しば》小屋の中にうとうとしてる収穫の番人らが、眼覚《めざ》めてることを盗人に知らせんがため、時々小銃を打っていた。半ば眠りながら聞く人々にとっては、その音も、夜の時間を遠くで刻んでる、平和な時計の音と異ならなかった。そして静寂はまた、襞《ひだ》の広い柔らかなマントのように、人の魂を包んでいった。
 小さなグラチアの周囲では、人生が眠ってるかのようだった。人々はあまり彼女に干渉しなかった。彼女は美しい静穏のうちに浸って、静かに生長していった。いらだちも気忙《きぜわ》しさもなかった。彼女は怠惰で、ぶらついたり寝坊したりするのが好きだった。幾時間も庭の中に寝そべっていた。夏の小川の上の蝿《はえ》のように、静寂の上に漂っていた。そして時とすると、理由もなく突然走り出すことがあった。頭と上半身とを軽く右に傾けながら、しなやかに暢々《のびのび》として、小さな動物のように駆けた。飛びはねる面白さのために石ころの間を登ったり滑《すべ》ったりする、まったくの子|山羊《やぎ》であった。また彼女は、犬や蛙や草や木や、家畜場の百姓や動物などを相手に
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