身の喜びにばかりとらわれていた。彼は実演の方法などは考えもしなかった。ことに、芝居の舞台にのぼされることがあろうとは思い浮かべもしなかった。音楽会で採用してくれる時には演奏してもらうつもりだった。
ある晩彼は、その作品のことをアシル・ルーサンに話した。そして願われるまま、ピアノでひいて大略を知らせようとした。するとルーサンはその作に感激して、ぜひともパリーの舞台にのぼせるべきものだと言い出し、自分が万事尽力すると誓った。クリストフの思いもかけないことだった。数日後に、ルーサンがそれを本気にしてるところを見ると、彼はさらにびっくりした。それから、シルヴァン・コーンやグージャールやリュシアン・レヴィー・クールまでが、それに興味をもってることを知ると、彼は驚きのあまり呆気《あっけ》に取られた。この連中の私的な恨みは芸術にたいする愛にうち負けたのだと、彼は認めざるを得なかった。彼のまったく意外とするところだった。その上演を最も急がないのはクリストフ自身だった。作品は少しも芝居のために作られたものではなかった。舞台にのぼせるのは無意味なことだった。しかしルーサンは非常に固執し、シルヴァン・コーンは盛んに説きすすめ、グージャールはいかにも信じきってるふうだったので、クリストフもついに我《が》を折った。彼は卑怯《ひきょう》だった。それほど自分の音楽を聞きたがっていたのである。
万事はルーサンの手で容易に運んだ。劇場理事らも芸術家らも競って彼の意をむかえた。ちょうどある新聞が、慈善事業のために盛んな昼興行《マチネー》を催しかけていた。その中でダヴィデ[#「ダヴィデ」に傍点]が上演されることになった。りっぱな管弦楽団が集められた。歌手たちの方については、ダヴィデの役に理想的な者を見出したとルーサンは言っていた。
試演が始まった。管弦楽団はフランス流に多少訓練が欠けてはいたが、最初の一回をかなりよくやってのけた。サウルの歌手は、やや疲れたしかしりっぱな声をもっていた。そして自分の職務をよく心得ていた。ダヴィデの歌手の方は、背の高い太った格好のよい美人であったが、その声は感傷的で下品であって、插楽劇《メロドラマ》的な顫音《トレモロ》と奏楽珈琲店的な風情《ふぜい》とで重々しく広がっていった。クリストフは顔をしかめた。最初の小節を幾つか歌った時から早くも、彼女にはその役が勤まらないこと
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