が明らかにわかった。管弦楽の第一休止の時に、彼は座主に会いに行った。座主はこの音楽会の物質的方面いっさいの責任を帯びていて、シルヴァン・コーンとともに試演に臨んでいた。彼はクリストフがやって来るのを見て、顔を輝かせながら言った。
「どうです、御満足ですか。」
「ええ、」とクリストフは言った、「うまくゆくだろうと思います。がただ一ついけないことがあるんです。それはあの女歌手です。代えなけりゃいけますまい。穏やかに言ってください。あなたは……馴《な》れておいででしょうから。他の歌手を一人見つけてくださるくらいはたやすいことでしょう。」
 座主は呆気《あっけ》にとられた様子をした。クリストフが真面目《まじめ》に言ってるかどうかをうかがうかのように、彼の顔をながめた。そして言った。
「だが、そんなことはできませんよ。」
「なぜできないんです?」とクリストフは尋ねた。
 座主はシルヴァン・コーンとずるい目配せをし合って、そして言った。
「しかし、あの女はなかなかいい腕前ですよ。」
「ちっとも腕前はありません。」とクリストフは言った。
「え! あんないい声なのに!」
「ちっともよかありません。」
「それにまた美人ですがね。」
「そんなことはどうでもいいんです。」
「でも害にはならないよ。」とシルヴァン・コーンは笑いながら言った。
「僕はダヴィデを、歌い方を知ってるダヴィデを、求めてるんだ。美しいヘレナを求めてるんじゃない。」とクリストフは言った。
 座主は当惑して鼻をなでていた。
「困りますね、実際困りますね……。」と彼は言った。「あの女はりっぱな芸術家ですがね……確かですよ。今日は多分全力を尽くさなかったのでしょう。もっとためしてごらんなさい。」
「そうしてみましょう。」とクリストフは言った。「しかし時間を無駄《むだ》に使うだけのことでしょう。」
 彼はまた試演にかかった。こんどはさらにいけなかった。終わりまで我慢するのが容易ではなかった。彼はいらいらしてきた。女歌手にたいする彼の注意の言葉は、最初は冷淡だがしかしていねいだったのが、そっけない辛辣《しんらつ》なものになっていった。彼女は彼を満足させんがために明らかに骨折っていたし、彼の機嫌《きげん》を取るためしきりに流し目を使っていたが、彼は少しも容赦しなかった。そして事がめんどうになりかけた時に、座主は用心深くも試演を中止
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