それで彼は、彼のめちゃな言葉を聞いて給仕《ボーイ》が嘲笑《ちょうしょう》的な様子をしたのを、ひどく気に病みながらも、強《し》いて平気でいようとつとめた。そして元気を失わないで、なっていない文句を重々しく組み立てて、向こうにわかるまで執拗《しつよう》にくり返した。
彼はディーネルを捜し始めた。例によって彼は、頭に一つの考えがあると、周囲のことは何一つ眼に止まらなかった。初めて歩き回ってみると、パリーは古い乱雑な町であるという印象をしか得なかった。彼は元来、一つの新しい力の驕慢《きょうまん》が漂っているのが感ぜられる、ごく古いとともにごく若いドイツ新帝国の町々に慣れていた。そして今パリーから、不快な驚きを得た。横っ腹に穴のあいてる街路、泥《どろ》だらけの通路、押し合ってる人混《ひとご》み、入り乱れてる車――あらゆる形の乗り物があって、古い乗合馬車、蒸汽車、電車、その他各種の機関の車――歩道の上の露店、フロックコートをつけた人がいっぱい立ち並んでる広場には、いろんな木馬館(木馬というよりもむしろ、怪物であり化物であった)。普通選挙の恩恵に浴しながらも、古い賤民《せんみん》的な素質を脱しきらないでいる、中世都市の遺物かと思われた。前日からの霧は、じめじめした細雨に変わっていた、もう十時過ぎなのに、多くの店にはまだガス燈がついていた。
クリストフはヴィクトアール広場に接している街路の網目に迷い込んだ後、ようやくバンク街の店を尋ねあてた。中にはいりながら彼は、長い薄暗い店の奥に、多くの店員に交って大梱《おおこり》を並べてるディーネルの姿を、見かけたように思った。しかし少し近眼だったので、めったに誤ることのない直覚力をそなえてはいたが、視力には自信がなかった。迎え出た店員に名前を告げると、奥の人々の間にちょっとざわめきが起こった。何かひそかに相談し合った後、一人の若い男がその群れから出て来て、ドイツ語で言った。
「ディーネルさんはお出かけになっています。」
「出かけましたって? なかなか帰りませんか。」
「ええ、たぶん。出かけられたばかりですから。」
クリストフはちょっと考えた。それから言った。
「構いません。待ちましょう。」
店員はびっくりして、急いでつけ加えた。
「二、三時間たたなければお帰りになりますまい。」
「なに、それくらいなんでもありません。」とクリストフは平
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