を彼は握ることだろう! 頑強《がんきょう》な批評家は数年のうちに、(と若い専制者クリストフは考えた、)一般趣味のナポレオンとなることもでき、芸術のあらゆる病人をビセートル療養院へ追い払うこともできるかもしれない。しかし、もはやナポレオンは存在しない。……第一、批評家らは皆、腐敗した空気の中に住んでいる。しかもそれに気づかなくなっている。次に、彼らはあえて語り得ない。彼らは皆知り合っていて、小さな仲間を形造っていて、たがいに遠慮しなければならなくなっている。独立してる者は一人もない。独立せんがためには、組合生活を捨て、友誼《ゆうぎ》をも捨てなければならないだろう。それだけの勇気を、この柔弱な時代にだれがもってるだろうか? 率直な正しい批評は、それをなす者がこうむることのある不快事を、償い得るものであるかどうかを、最も優良な人々でさえ疑っている時代なのだ。本分のために自分の生活を火宅となし得る者が、だれかあるだろうか? あえて世論に対抗し、一般の愚蒙《ぐもう》と戦い、現時の勝利者らの凡庸《ぼんよう》さを暴露《ばくろ》し、馬鹿者どもの手中に渡されてる無名孤独な芸術家を擁護し、服従をのみ知ってる人々の精神に帝王の精神を課し得る者が、あるだろうか?――劇場の廊下で初日の晩に、批評家らが言い合ってる言葉を、クリストフはふと耳にすることがあった。
「どうだい。まずいね。失敗だね。」
 しかも翌日になると彼らは、傑作だとか、新しいシェイクスピヤだとか、天才の羽ばたきが頭上をかすめたなどと、新聞記事の中で言っていた。
「君らの芸術に欠けてるものは、」とクリストフはシルヴァン・コーンに言った、「才能よりもむしろ性格だ。君らに多く必要なのは、偉大な批評家であり、レッシングであり、また……。」
「ボアローかね?」とシルヴァン・コーンはひやかして言った。
「おそらくそうだ。十人の天才芸術家よりも一人のボアローだ。」
「ボアローがいたって、」とシルヴァン・コーンは言った、「だれも耳を貸すまいよ。」
「耳を貸す者がいないとすれば、その男がボアローでないからだ。」とクリストフは答え返した。
「僕は誓っておくが、もし僕が君らの赤裸々な実相を言ってやろうと思ったら、その時こそは、いかに僕が無器用であるにせよ、君らに耳を傾けさせないではおかない。かならず君らに丸飲みにさせてみせる。」
「そうかねえ。」と
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