トフは最後まで食堂に残っていたが、やがて出て行こうとすると、先刻《さっき》あんなに面白がって彼の言葉を聞いていた青年から、敷居ぎわで言葉をかけられた。彼はまだその青年を眼にとめていなかった。青年はていねいに帽子を脱ぎ、笑顔をし、自己紹介の許しを求めた。
「フランツ・マンハイムという者です。」
 彼はそばから議論を聞いていた無作法を詫《わ》び、相手どもを粉砕したクリストフの手腕を祝した。そしてそのことを考えながらまだ笑っていた。クリストフはうれしくもあるがまだ多少|狐疑《こぎ》しながら、その様子をながめた。
「ほんとうですか、」と彼は尋ねた、「僕をひやかすんじゃないんですか。」
 相手は神明にかけて誓った。クリストフの顔は輝きだした。
「それでは、僕の方が道理だと君は思うんですね。君も僕と同じ意見ですね?」
「まあお聞きなさい、」とマンハイムは言った、「実を言えば、僕は音楽家ではありません、音楽のことは少しも知りません。僕の気に入る唯一の音楽は――別にお世辞を言うわけではないが――君の音楽です。……というのも、僕はあまり悪い趣味をもってる男ではないことを、君に証明したいので……。」
「そ
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