も悪意があるのではなかった。他人とそれを共にすることをしか求めていなかった。しかしその喜びをもたない大多数の人々にとっては、それは癪《しゃく》にさわるものであるということを彼は気づかなかった。そのうえ彼は、他人の気に入ろうと入るまいと平気であった。彼はおのれを確信していた。自分の信ずるところを他人に伝うることは、わけもないことのように思われた。彼はいわゆる楽譜製造人ら一般の貧弱さに、自分の豊富さを比較していた。そして自分の優秀なことを認めさせるのは、きわめて容易なことだと考えていた。容易すぎるくらいだった。おのれを示しさえすればよかった。
彼はおのれを示した。
人々は待ち受けていた。
クリストフは自分の感情をもったいぶって隠しはしなかった。事物をあるがまま見ようと欲しないドイツの虚偽を悟って以来、作品や作家にたいするいかなる定評をも顧慮するところなく、あらゆるものにたいして、絶対的な一徹な不断の誠実を事とするのを、一つの掟《おきて》としていた。そして何をするにも極端に奔《はし》らざるを得なかったので、法外なことを言っては、世人を憤慨さした。彼はこの上もなく率直であった。あたかも
前へ
次へ
全527ページ中54ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング