あまりに誠実だった。そしてその一部分をも草案しないうちに、嫌悪《けんお》の情をもって投げ捨てた。あるいはまた、最も取り扱いがたい詩の作品を、序楽の中に訳出しようと考えた。すると自分の領分でない世界の中に迷い込んだ。また、みずから演劇の筋を立ててみることもあったが――(彼は何物にたいしても狐疑《こぎ》しなかったのである)――それは馬鹿げきったものだった。またゲーテやクライストやヘッベルやシェイクスピヤなどの大作を攻撃する時には、まったくそれを曲解していた。知力が欠けてるのではなかったが、批評的精神が欠けていた。彼はまだ他人を理解し得なかった。あまりに自分自身に心を奪われていた。彼がいたるところに見出したのは、自分の率直な誇張的な魂をそなえてる自分自身であった。
 それらのまったく生きる術《すべ》のない怪しい物のほかに、彼は多くの小さな作品を書いていた。折りにふれての情緒を直接に表現したもの――すべてのうちで最も永存すべきもので、音楽的感想、すなわち歌曲《リード》であった。この場合にも他と同じく、彼は世流の習慣にたいして熱烈な反動をなしていた。すでに音楽に取り扱われてる有名な詩を取り上げて
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